第27位:メル・オット ~ 「個人的に選ぶ、MLB歴代野手ランキング」

第27位:メル・オット
↓成績

オットは1909年に生まれ、
1926年~1947年の22年間、NYG(現SF)一筋でプレーしました。
あだ名は「Master Melvin」=「マスター・メルヴィン」
ポジンションはライトでした。
通算2876安打、511本塁打、1860打点、打率304、OPS947を記録しています。
ルース、J・フォックスに次ぐ史上3人目の500本塁打を記録した強打者です。
シーズンでも、
本塁打王6回、打点王1回、AS選出12回、WARトップ5回、OPSトップ2回を記録しました。
戦前を代表するパワー・ヒッターでした。

オットは16歳でNYGに入団し、17歳でデビューを果たしました。
19歳で打率322、18本塁打を記録し、20歳には彼のキャリア・ベストのシーズンを送ります。
この年は自己記録の42本塁打、151打点、OPS1.084を記録し20歳で
最高級の成績を残しました。
そして、23歳で初の本塁打王に輝やくとその後も安定して本塁打王争いに加わりました。
ただ、NYGのホーム球場、ポログラウンズはライトが78mしかなく、
この狭さに助けられた面もありました。
ビル・ジェームスが言うには、ほかの球場でプレーしていれば100本塁打は通算で少なかった、とのことです。
ただ、MVPが誕生してからMVPを受賞していない選手のなかで最高の選手とも言っています。
早熟だったためか30歳台に入ると衰えが見え始めて、169本塁打しか記録できませんでした。
衰えが遅ければ600本塁打は記録していたでしょう。
独特なバッティング・フォームでした。足を高く上げ、グリップを腰まで下げるフォームで
相手投手がボールを放すぐらいまではバットを下げていました。
驚異的なバッティング・スピードの持ち主でした。
その為ボールも見やすいのか、選球眼の良さも特筆ものです。
毎年100個以上の四球を記録し、10度100四球、最多四球6回を記録。
出塁率トップも4回記録して、通算出塁率は414の好成績です。
それに比べ三振は毎年50個程度。
パワーだけの選手ではありませんでした。
セイバー的にも素晴らしい選手だったことが分かります。

守備は記録上は平均以上の選手でした
(エラーが少なかったです)
また、盗塁は少なく10個が最高でした。

30年代を代表するバッターでした!