第32位:ジョージ・ブレット ~ 「個人的に選ぶ、MLB歴代野手ランキング」

第32位:ジョージ・ブレット
↓成績

1953年に生まれたブレットは、
1973年~1993年の21年間、KC一筋でプレーしました。
あだ名は「Mullet」
右投げ左打ちで、ポジションは主にサードでした。
通算で、打率305、3154安打、317本塁打、1596打点、史上歴代6位の665二塁打を記録。
シーズン成績でも、
MVP1回、首位打者3回、最多安打3回、OPSトップ3回、WARトップ1回、AS選出13回を記録しました。
3つのディケイド(70&80&90年代)で首位打者を獲得した唯一の選手です。
長打力も兼ね備え20本塁打を8度記録、二塁打も歴代6位の665本、
三塁打1位3回を記録した強打者.。
四球は少ないですが三振も少なく、毎年安定して好成績を残しました。
21年間のキャリアの中でもベスト・イヤーは1980年。
この年はシーズン初戦の不調と後半の怪我に悩ませれたものの、
後半は絶好調で9月19日時点まで打率4割をキープしてT・ウィリアムス以来の4割を狙いました。
結局その後に打率390まで下がりましが、24本塁打118打点も記録して
117試合の出場ながらMVPに選ばれました。
守備はあまり知りませんが、若い頃はRFで良い数字を残しているので平均以上の守備力ではあったはずです。
走塁では通算201盗塁を記録。
(盗塁成功率は低めでした)

彼について1番有名なのは「パインタール・バット事件」でしょう。
1983年の7月25日のNYY戦、3-4でリードされた9回表にブレットは2ラン本塁打を打ち
チームは逆転に成功します。すると、NYYのマーチン監督がブレットのバットについて抗議。
これは、ブレットのバットの滑り止めのパインタール(松やに)が
既定の18インチ以上ついているというものでした。
審判はこの抗議を認めホームランは取り消しになり、
ベンチのブレットが飛び出して猛抗議をして有名となりました。
この事件は裁判まで持ち込まれ、結局ホームランは認められました。
NYYファンとしては何とも複雑な気持ちになる事件です。
(まあ、マーチンならやりそうな事だな・・・)

あまり知られていませんがPSでも活躍を見せた選手でした。
1976年のNYYとのALCSでは2勝2敗の最終5戦目で8回表に同点3ラン・ホームランを放ち、
1978年の同じくNYYとのALCSでは第3戦で1試合3本塁打を記録しました。
1985年には悲願のWS優勝!
打率370の大活躍を見せて優勝に貢献しました。
この年のALCSではTOR相手に2連敗した後の第3戦で4打数4安打2本塁打3打点4得点の神ががり的な
活躍でシリーズの流れを変えたこともありました!


1999年に得票率98.2%で殿堂入りを果たしました!
この数字はリプケン、カッブに次ぐ野手史上3番目の記録です。
KC球団史上最高の選手であり、これからブレット以上の選手が誕生することもないでしょう!