41位~50位:歴代野球選手ランキングTop100


50位:ピート・ローズ
 
1963年~1986年:ファースト/セカンド/サード/レフト/ライト/:rWAR=79.7、fWAR=80.1

 
 

 ハッスルプレーの代名詞的な存在であり、安打数、試合数、打席数など様々なMLB記録の保持者。リーグNo.1クラスの成績を残したシーズンはありませんが、デビュー1年目から21年連続で規定打席に到達し安打数を積み重ねました。また、打者としては中距離打者。
 ただ、現役晩年は記録のために無理やりキャリアを引き延ばした感もあり(選手兼任監督になったことも大きかった)、野球賭博問題などの様々なマイナスポントを考えると、この順位でも高すぎるのかも。

49位:ジャッキー・ロビンソン
 
1947年~1956年:セカンド:rWAR=61.4、fWAR=57.2
 

 言わずと知れたMLB初の黒人プレーヤー。その肩書が先行しがちであまり成績が語られることはありませんが、6年連続でwRC+138以上を記録するなど当時のMLBセカンドで頭一つ飛び抜けた成績を残しており、もっとMLB入りが早ければ通算成績でも素晴らしい数字を残していたでしょう。 

48位:マリアーノ・リベラ
 
1995年~2013年:リリーフ:rWAR=56.2、fWAR=39.7
 

 代名詞のカットボールを武器に16シーズンにもわたってヤンキースの絶対的守護神として活躍した史上最高のリリーフピッチャー。打高投低の時代にプレーしたにもかかわらず、リリーフとして通算1105試合、1233イニングで652セーブ、防御率2.06、WHIP0.97、K/BB4.27、被OPS.541と驚異的な成績を記録。
 また、ポストシーズンにおいても史上最強の投手の一人であり、PS通算96試合で42セーブ、141イニング、防御率0.70(自責点11)、WHIP0.759、K/BB5.24、被本塁打2本という空前絶後の数字を残しました。

 
 
 
47位:ジミー・フォックス
 
1925年~1945年:ファースト:rWAR=97.0、fWAR=101.8

 1920年代~1930年代にかけてベーブ・ルース以上のぺースでホームランを量産した当時最高の右打者。33歳になった時点で通算500本塁打を記録(ルースは33歳で416本)、通算OPS1.038は歴代5位の数字です。ただ、アルコール中毒などにより衰えは非常に早く通算成績は思いのほかに伸びませんでした。
 また、キャリアを通して打者有利の球場でプレーしたこともマイナスポント。とりわけ、キャリア後半にプレーしたBOSの本拠地フェンウェイパークは当時、超が付くほど右打者に有利な球場であり(今も右打者に有利ですが)、ホーム成績とアウェイ成績に大きな差がありました。

46位:ウェイド・ボッグス
 
1982年~1999年:サード:rWAR=91.4、fWAR=88.3人
 

 MLBデビューは遅かったものの、フルシーズン1年目から7年連続で200安打以上を記録。この間には首位打者に5回輝きました。また、選球眼も良く出塁率トップには6回なっています。さらに、当時は守備の評価が良くなかったですが、サードのTZRでリーグ4位以内に8回入るなど実際はそこそこ良かったようです。
 ただ、打者有利のフェンウェイパークとその他球場との成績があまりにも大きく、他チームで全盛期を迎えていればこれほどの数字を残せていたかは疑問。また、性格にも非常に問題のある人物でした。
 

45位:エディー・マシューズ

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1952年~1968年:サード:rWAR=96.6、fWAR=96.1
 

 マイク・シュミットが現れるまでは歴史上No.1サードだった名選手。ウィリー・メイズ、ハンク・アーロンと全盛期が被ったためにOPSリーグトップは1度だけですが、10年以上にわたり安定して好成績を残しました。
 また、本拠地が非常に打者有利であったことも考量すべきで、アウェイでは毎年MVP級の成績を残しています。
 

44位:エディー・コリンズ
 
1906年~1930:セカンド:rWAR=124.0、fWAR=120.5

 走攻守に優れた選手でセカンドメインの選手としてはMLB歴代1位の通算3315安打、741盗塁を記録。当時のALでタイ・カッブ、トリス・スピーカーに次ぐ3番手の選手でした。
 また、リーダーシップの評価も高く史上最も野球IQの高かった選手の一人とも言われることがあり、1924年~1926年には選手兼任監督も務めています。
 

43位:スティーブ・カールトン
 
1965年~1988年:先発:rWAR=90.5、fWAR=96.5

 サンディ・コーファックス時代とランディ・ジョンソン時代の間でのMLB・No.1左腕。史上最高とも言われるスライダーを武器に、24年間のキャリアでサイ・ヤング賞を4回獲得し、通算4170奪三振は歴代4位、709先発は歴代6位、5217.2イニングは歴代9位、1864四球は歴代2位と様々な通算成績で上位の数字を記録しています。また、バッティングも優秀で通算打率.201を記録しています。しかし、キャリア最後の3年間の成績はあまりにも醜く、言葉の通り晩節を汚して・・・。
 マスコミ嫌いとしても有名であり、1978年~1986年の約8年間は全くマスコミの前で話をせず、その理由として「自分の批判をするだけならいいが、家族のことまで悪く書かれて嫌になった。」と友人には語っていたそうです。
 

 
42位:クリスティー・マシューソン
 
1900年~1916年:先発:rWAR=90.0、fWAR=104.0

 当時NL一の強豪だったニューヨーク・ジャイアンツの絶対的なエースとして活躍。初の殿堂入りの5人のうちの一人で、この時代にサイヤング賞があれば5回以上受賞していたでしょう。
 通算成績もさることながらWSでの活躍も伝説的であり、通算11試合101.2イニングで防御率0.97を記録。1905年のWSでは第1・3・5戦に先発して3試合連続で9回完封・被安打5本以下に抑えています。
 また、敬虔なカトリック教徒として人格・態度・リーダーシップも優れており、他選手・ファン・記者などから多大な尊敬を集め、非常に人気のある選手だったようです。

41位:ジョン・ヘンリー・ポップ・ロイド
 
1906年~1932年:ショート:ニグロリーグ
 

 ニグロリーグ史上最高の内野手であり、ホーナス・ワグナーと比較されるほどの選手でした。ちなみに、そのワグナーは「ロイドと比較されるのは名誉なことだ」と語っていたり、ベーブ・ルースは史上最高の野球選手にロイドの名を挙げています。
 また、リーダーシップ、指導力、人格の評価も抜群で他選手に尊敬を受ける存在だったようです。