第20位:ケン・グリフィー・Jr ~ 「個人的に選ぶ、MLB歴代野手ランキング」

第20位:ケン・グリフィー・Jr 
↓成績

グリフィーは1969年に生まれ、
1989年~2010年の22年間、SEAとCINで主にプレーしました。
父親はCINなどで活躍したケン・グリフィー・シニアです。
ポジションは外野手で、全盛期は全米一の人気を誇ったスター・プレーヤーでした。
キャリア通算で、打率284、2781安打、歴代6位の630本塁打、1836打点、OPS907を記録した
歴史に残るホームラン・アーティストでした。
キャリア前半はハイ・ペースでホームランを量産し、当時最年少で400本塁打を記録(A・ロッドに抜かれました)して、20歳台のうちに398本塁打を記録しました。
シーズン成績は、
MVP1回、本塁打王4回、打点王1回、SS賞7回、WARトップ3回、AS選出13回を記録し、
40本塁打以上を7回、OPS1.000以上を4回、100打点以上を8回記録しました。
やんちゃで子供っぽい性格で誰からも愛されるような選手で、
当時のAS投票最多投票数記録を作り、メジャーで1番人気のあったスーパープレーヤーでした。
戦後で最も人気のあった選手かもしれません。

20歳台の頃は、スリムな体型で野球界一の美しいバッティング・フォームからホームランを量産しました。
全盛期は8年間で40本塁打を7回記録し、本塁打王に4回も輝きました。
史上最多のホームラン・ダービー優勝3回、8試合連続本塁打、最年少での400本塁打(当時の記録)
など数々のホームラン記録を作り、ハイペースでホームランを打っていたため
通算ホームラン記録更新もあり得たほどでした。
それに、パワー面以外でも打率3割を7回記録しています。
1999年オフにSEAからCINにトレードで移籍し、9年1億1650万ドルで契約。
(今の感覚ではとても安い契約に思えます・・・)
しかし、CINでは怪我や衰えで期待以下の成績しか残せませんでした。
1年目は40本塁打を記録するも2年目からは怪我で成績が低下していき、
05年~07年に3年で92本塁打を記録して、08年に600本塁打を記録したのが
ハイライトでした。
通算630本塁打は素晴らしい記録ですが、
怪我がなければ最低でも700本塁打を記録していたはずで、ボンズやアーロン、ルースの記録も
抜けていたかもしれません。

守備では90年代最高のセンター守備を誇り、10年連続でGG賞を受賞しました。
全盛期は数々のハイライトを作って、守備でも見せる選手でした。
フェンスに打球を追いかけて突っ込んでいき、手首を骨折したこともあります。
走塁面でも平均以上の選手でした。
通算184盗塁を記録し、全盛期は20個以上を記録しました。
走ろうと思えば30盗塁は記録できたでしょう。
しかし、CIN時代は怪我の影響かぽっちゃり体系に変わり、
守備も走塁も低レベルになっていました。

父親は名選手ケン・グリフィー・シニア。
その才能を受け継いだのかジュニアは1987年ドラフトで全体1位で指名され、SEAに入団しました。
(1989年に19歳でデビュー)
すると、シニアも1990年にSEAと契約し入団。
その年に、史上初めて親子で出場し、親子連続本塁打の大記録を達成しました。
(当然、史上唯一です)

全盛期はメイズと並ぶ最高のオールラウンダーであり、
最高の人気を誇った歴史に残る選手でした。