第12位:ミッキー・マントル ~ 「個人的に選ぶ、MLB歴代野手ランキング 」

第12位:ミッキー・マントル
↓成績
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1931年に生まれたマントルは、
1951年~1968年の18年間をNYY一筋でプレーしました。
ポジションは外野手でスイッチヒッターでした。
通算安打2415、本塁打536、打点1509、OPS977は歴代11位、
と史上最高のスイッチヒッターの名に恥じない成績でした。
シーズンでみると、
MVP3回、三冠王1回、首位打者1回、本塁打王4回、打点王1回、AS16回選出、
OPSトップ6回、WARトップ6回を記録。
特に55~59年には5年連続でWARトップになっておりその時代最高の選手でした。
守備では当時最高の強肩だったようです。
(俊足なので守備範囲も広かったと推測されます)
マイナー時代はショートをしており、経験がもっとあれば
素晴らしい外野手になったはずです。
走塁では通算153盗塁。
盗塁が少ない時代でチームもマントルに怪我を恐れてあまり走らせなかったこともあり、
場合によってはその倍の盗塁を決めていたでしょう。
マントルはメジャー有数の俊足として有名で、
打席から1塁ベースへの到達タイムは驚異の3.3秒!
この数字が本当なら(3.3秒は恐らく史上最速です)、500盗塁も夢ではなかったはずです。
WS優勝は7回!
WS通算18本塁打、40打点は当然メジャー記録です。
これからも抜かれることはないでしょう。
メジャー史上で最も人気のあった選手の1人で、史上最高のスイッチヒッターでした。


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これほどの選手ですが、彼は才能を完全に開花させることはできませんでした。
私は史上最も才能に恵まれた選手だったと思います。
打撃では、いつも大振りのホームラン狙いのバッティングでした。
そのため三振も多く打率も通算で3割を切っています。
これが彼の才能開花を拒んだ問題の1つです。
ただ、パワーは史上最高レベルで、多くの特大ホームランを放っています。
テープメジャーショットと呼ばれたホームランを打ち、その飛距離は170mや190mにもなりました。
ヤンキースタジアムではライトの観客席の上の照明に当てたこともまりました。
(飛距離193mともいわれるホームランを打っており、ギネス記録になっている)
もしかしたら、パワーも走力も史上最高だったかもしれません。
さらに選球眼も良く100四球以上を10回記録、晩年で打撃成績が平凡でも四球は100個を超えました。
首位打者をとったこともあり、俊足でパワーは最高、選球眼も良い、
すべて合わされば最高の打者になっていたはずです。
晩年に酒に溺れたことが2つ目です。
そのため選手生活も長くはなく36ー7歳シーズンで引退しました。
後年はこのことを1番後悔していたようです。
酒で体は弱り1995年に63歳で亡くなりました。
そして、3つ目が怪我です。
彼の怪我だらけのキャリアは1年目のWSから始まりました。
守備中に外野の排水溝の蓋に足を引っ掛け転倒。
膝を怪我してしまいました。
この怪我を庇いながらの生活によって他の部分にも負荷がかかり、
怪我とともにキャリアを送ることになってしまいました。
この怪我により、いつものように怪我をしており
恐らく、彼が怪我なしでシーズンを送ったことはありませんでした。
18年間ずっと怪我に悩まされ続けたのです。
1年目の怪我がなく、酒とは無縁で、コンタクトバッティングをできるだけしていれば、
40歳になってもプレーできたでしょうし、
私は史上最高の選手の1人になっていたと思います。
(
5位以内には入っていたはずです)

ロジャー・マリスとのMM砲も有名です。
1961年にはマリス当時メジャー記録の61本塁打、マントルが54本塁打を記録しました。
この頃は最強だったヤンキース。
しかし、マントルの衰えと共に帝国の終焉が始まりました

歴史に残るスーパースターだったにもかかわらず、
順風満帆とは程遠いキャリアだ
ったマントル。
完璧な選手生活を送っていれば・・・