第8位:ルー・ゲーリッグ ~ 「個人的に選ぶ、MLB歴代野手TOP10」

第8位:ルー・ゲーリッグ
↓成績

ゲーリックは1903年に生まれ、
1923~1939年までの17年間をNYY一筋でプレーしました。
あだ名は「The Iron Horse」=「アイアン・ホース」、
ポジションはファーストで、史上最高のファーストだと私は思います。
通算安打はNYY史上2位の2721安打、
本塁打493本、打点1995(歴代5位)を記録しました。
通算17年間プレーしましたが、最初の2年と最後の年は最高で13試合しかプレーしておらず
実質は14年です。試合数もたったの2164試合でした。
MVP2度、三冠王1度、首位打者1度、本塁打王3度、打点王5度、WARトップ3回と
ルースとプレーしたものの素晴らしい成績を残しています。
通算OPSは歴代3位の1.080で通算打率も.340と高数字です。
満塁ホームランもA・ロッドと並ぶ歴代一位の23本。
シーズン184打点はア・リーグ記録。
実質14年とは思えない通算成績でした。
でもやはり、1番有名な記録は2130試合連続出場!
偉大な記録です。
当時ではトップクラスの四球の多さで100個以上を11度記録していました。
選球眼が良かったんでしょう。
守備はトップクラスではなかったようで、盗塁も少ないです。
ただ、性格は良く
フェアプレーをして紳士的な選手だたそうです。
WS優勝を8度も経験し
WS通算OPSは驚異的な1.208!
ルース引退後まで、強豪ヤンキースを支えた名選手でした。

完璧なキャリアを進んでいた彼を襲ったのが
筋萎縮性側索硬化症」、通称「ルー・ゲーリック病」。
身体中の筋肉が衰える難病中の難病です。(脳震盪だったという話もありますが)
30代半ばから症状が出ていたと言われ、
徐々に体を蝕んでいきました。
病気にかかってもトップレベルの成績を残していましたが、この病気のせいで
36歳での引退を余儀なくされました。
そして、1941年。
37歳の若さで亡くなりました。

1939年、ヤンキースタジマムでの引退式。
彼は、「Yet today I consider myself the luckiest man on the face of the earth」=「今日、私は地球上で最も幸せな男です」
という言葉を残しました。
あまりにもシンプルで感動的なこの言葉は、
アメリカスポーツ史上最も有名な言葉として、歴史に残っています。
私が1番好きな言葉でもあります。

ルースと伝説の3・4番コンビを組み、
ルースに憧れ、ルースとNYYを優勝に導き、ルース引退後もNYYを支えた
NYY史上2番目の選手であった、ゲーリック。
もし病気にかから無ければ
驚異的な通算成績を残したことでしょう。
野球史上最も愛された
最高の英雄でした。