MLBに大混乱をもたらすであろうシンクレアの経営危機について

単刀直入に言いますが、MLBの放映権バブルは終了を迎えています。

これは不当に安価な旧形態の放映権契約のほとんどが適正内容の新契約に移行し上がり目が無くなっただけでなく、アメリカ社会におけるテレビ離れが加速し、その上コロナ禍が巻き起こったため。

そして、そういった厳しい状況の中で未曾有の窮地に立たされている企業が存在します。

MLB球団の約半数のローカル放映権を所有するシンクレア・ブロードキャスト・グループです。

今回はそのシンクレアの経営危機と2023年MLBで起こりうるインシデントについて記します。

MLBを初めとしてアメリカ4大リーグやMLSでは各チームが地元のRegional Sports Network(地方テレビ局、以下RSNと表記:”地方”と言っても大半は巨大メディア企業の子会社)と放映権契約を結び、多くの場合ケーブルテレビや衛星放送のパッケージの一部として地元民に試合中継が届けられています。


シンクレアのRSN一括買収の流れ

子会社のRSN22社を通して43チーム(MLB15チーム、NBA16チーム、NHL12チーム)の放映権を保有していた21世紀FOX社が2017年頃から身売り交渉を開始。

紆余曲折を経て2018年にディズニーが身売り先として決定したものの、独占禁止法の観点からRSN22社の売却については司法省の認可が下りず、ディズニー以外の売却先や分割売却・一部売却を模索。

RSN22社の中でもヤンキースの放映権を持つYESネットワークについては、2019年3月にヤンキース他への売却が決定。

そして、残りの21社は世界最大のローカルテレビ局運営会社シンクレア・ブロードキャスト・グループが企業価値106億ドルで一括買収することに決まり、ディズニーの21世紀フォックス社買収についても司法省の認可が下りることとなりました。

シンクレアが放映権を所有するMLB14チーム

AL NL
レイズ ブレーブス
タイガース マーリンズ
ガーディアンズ カージナルス
ツインズ ブリュワーズ
ロイヤルズ ダイヤモンドバックス
エンゼルス ドジャース
レンジャーズ パドレス

経営危機を迎えたシンクレア

そもそも上記の一連の流れは、放映権料高騰に伴いRSN運営費が増大する一方でテレビ離れによって視聴者(加入者)が激減が続く最悪のタイミングに行われたもの。

実際にディズニーの21世紀FOX社買収合意時はYESネットワークを含めRSN22社に対し200億ドルのプライスタグが貼られていたものの、シンクレアの買収時には21社=106億ドルまで値下がりしており、それだけでもタイミングの悪さが分かるかと思います。

そして、シンクレア買収直後からコロナ禍によってスポーツ及びエンターテインメント市場は空前の大不況に陥り、テレビ離れとのダブルパンチによってシンクレアの業績はグループ全体で急落。

買収時に60ドル強の高値を付けたシンクレアの株価はコロナ禍序盤に12ドルまで落ち込み、コロナ禍収束時に40ドル弱までリターンしたものの、現在は15~20ドルのレンジで推移。

買収した21のRSNはシンクレア(親会社)→Diamond Sports Group(子会社)→Bally Sports(孫会社)の形で所有・運営されていますが、2022年中盤時点でDiamond Sportsは86億5000万ドルの負債を抱え、放映権契約のうちMLBはそのほとんど、NBAは約半分、NHLは数チーム分が赤字状態。

2022年12月にはDiamond SportsのCEOが交代となり、シンクレアも着々と切り離しへの準備を進めている模様です。

 

今後の予測

現在の予測では早ければ2023年上半期中にDiamond Sportsの倒産申請(連邦倒産法第11章:日本の民事再生法に当たる)が行われるとが見込まれています。

その場合、各チームがDiamond Sportsと結んでいる放映権契約は債権者によって解除となる可能性があり、新たに他のテレビ局等と放映権契約を結ぶ必要が生じます。もちろん代替契約が現契約と同等又はそれ以上の条件となる可能性は低いでしょう。

ただ、倒産申請の前にMLB・NBA・NHLの各リーグがDiamond Sportsを買収し、新たな契約先が決まるまで各放映権をリーグが直接管理するという手もあります。

実際に昨年秋頃には30億ドルで売却される可能性も報じられていましたが、11月末の第3四半期決算報告(約11億ドルの赤字)を受けて交渉は事実上破綻した模様で、今後もリーグの直接買収が実現する可能性は低いでしょう。

Diamond Sportsが倒産すれば放映権契約云々だけでなく、試合中継の製作・放映そのものにおいても大混乱が巻き起こるでしょうが、もちろんMLBも直接買収交渉以外に何の対策も講じず倒産を待ち受けているわけではなく、ケーブルテレビや衛星放送を用いずローカル放映が視聴できる画期的なストリーミングサービスを準備中との報道も。

さらに驚くことに、同ストリーミングサービスにはNBAとNHLが加わるとの噂もあります。

また、Diamond Sportsとの契約が吹っ飛んだ場合でも14チームの試合中継製作・放映が途切れないよう、MLBがすでに水面下で他のテレビ局と交渉を行っている模様。

何にせよ近いうちにMLBの放映形態が根底から覆されることは間違いなく、多くのチームが不利益を被ることでしょう。

一部チームへの更なる悪影響

MLBの全放映権契約まとめ」でも記していますが、放映権契約を結ぶにあたり放映権料とは別にチームへRSNの株式(所有権)の一部を譲渡する形態が、2010年代の放映権バブルの中でポピュラーとなりました。

これは株式からの配当がMLB収入分配制度における制度対象収益(ローカル収益)に含まれない…つまり収入分配制度逃れを行うため。もちろんチームが所有権を売却し現金化することも可能です。

しかし、RSNの経営悪化と企業価値急落は、上記の契約形態を選び収入分配制度逃れを目指したチームにとって大きな痛手に。


ちなみに、RSNの倒産例として10年前にアストロズと放映権契約を結んだComcastSportsNet Houstonが挙げられます。

それについて改めて書き直すのは面倒なので、「MLBの全放映権契約まとめ」のアストロズの項をコピペしておきますね。

”””元々アストロズはNBAのヒューストン・ロケッツと提携してFox Sports Houstonと放映権契約を結んでいましたが2012年に契約を解除し、新たにコムキャストと連携して半分自前の新テレビ局ComcastSportsNet Houstonを2012年10月に立ち上げ。

立ち上げと同時にアストロズは2013年~2022年の20年で総額16億ドル・年平均8000万ドルの大型放映権契約を締結。加えてComcastSportsNet Houstonの株式を45%も保有。

しかし、立ち上げ直後から経営状況は非常に厳しくAT&Tやタイム・ワーナーなどの大手ケーブルテレビ業者との交渉にも失敗。放送可能エリアの40%の家庭しかカバーできず視聴率&視聴家庭数は大低迷。2013年シーズンにはアストロズに支払わなければならない年間放映料5600万のうち2900万ドルしか捻出できず、9月にはアストロズの試合中継で視聴率0.0%を記録。結果として2013年9月下旬に立ち上げから1年も満たないにもかかわらず倒産申請を行いました。

倒産申請後はAT&Tが買収。最終的にAT&T SportsNet Southwestと名前を変え現在に至るわけですね。

で肝心の放映権契約ですが、AT&Tの買収後に18年(2016年~2034年)で総額13億2000万ドル・年平均7300万ドルの新契約を結んだとのこと。また、2016年~2024年の契約前半は年平均6360万ドルであり、2024年シーズン終了後に再交渉を行うことができるオプションがついているようです。”””

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コメント

  1. t より:

    新たにYoutubeTVからMLB Networkが除外された事、AT&T SportsNet networksが3球団の放映権支払いを怠っているという報道も出てるみたいですね
    一気に放映権バブルが崩れた印象です