1位~10位:歴代野球選手ランキングTop100

 

 
 
10位:グレッグ・マダックス
 
1986年~2008年:先発:rWAR=106.7、fWAR=116.7

 

 技巧派の代名詞的な投手。21年連続で190イニング以上を記録し、とりわけ全盛期には7年連続でERA+リーグ2位以内に入りました。当時MLBでトップクラスだったブレーブスの強力守備陣に助けられた感も否めませんが、それ以外は非の打ちどころのない成績です。 
 史上最多のGG賞受賞18回を誇る投手守備も有名ですね。
 

 

 
9位:ミッキー・マントル
 
1951年~1968年:センター:rWAR=110.3、fWAR=112.3
 

 ヤンキース最盛期のスーパースターであり、史上最高のスイッチヒッター。10シーズンでOPS+リーグ2位以内に入り、通算OPS+172は1940年以降にデビューした選手の中ではバリー・ボンズに次ぐ2番目の数字です。また、特大ホームランや俊足でも数多くの伝説を残しており、個人的には史上最も才能のある野球選手だったと思います。
 しかし、これほどの成績を残したにもかかわらずその才能を完全に発揮したとは言えず、アクシデントも含む度重なる怪我やアルコール中毒がなければ・・・。
 

 

 
 
8位:ウォルター・ジョンソン
 
1907年~1927年:先発:rWAR=165.2、fWAR=117.1
 

 サイドスローから繰り出される剛速球(間違いなく当時最高のファストボール)を武器に当時断トツの成績を残した「ビッグ・トレイン」。所属していたセネターズが弱小チームでなければ、もっと素晴らしい数字を残していたかもしれません。さらに、バッティングも優秀で通算OPSは.616。
 また、温厚な野球選手の代名詞的な存在であり、あまりにも優しすぎる性格がゆえにデッドボールを恐れ相手打者の内角に投げ込むのが苦手という投手としては大きな欠点の持ち主でもありました。
 ちなみに、1913年~1914年頃までは速球だけを投げていて、その1913年~1914年頃からカーブを投げ始めましたが、引退するまでカーブが大きく向上することはありませんでした。
 

 

 
7位:スタン・ミュージアル
 
1941年~1963年:ライト/セカンド/ファースト:rWAR=128.2、fWAR=126.8
 

 マイナーリーグ時代は二刀流でしたが外野守備の際にフェンスに肩をぶつけて投手を断念。その後、打者に専念すると20年近くにわたってトップクラスの打撃成績を残しました。OPS+でリーグトップに6回、2位以内に10回、4以内に13回入り、通算wRAA1032.5は1940年以降にデビューした選手の中ではバリー・ボンズに次ぐ2番目の数字です。また、全盛期の1年間、第2次世界大戦によりプレーしていません、
 ただ、外野守備はイマイチで通算試合数の約4割はファーストでプレーしています。
 

 

 

 
6位:タイ・カッブ
 
1905年~1928年:センター:rWAR=151.1、fWAR=149.3
 

 デッドボール時代の象徴的な選手であり、首位打者のタイトルを12回獲得した通算打率記録保持者。引退時は打率だけでなく安打、盗塁、得点、塁打、試合数など様々な通算MLB記録を保持していました。
 また、強烈な性格の持ち主で様々なクレイジー・エピソードを残しており(ただ、後の創作も多数)、これほど偉大な選手なのに現在のイメージは微妙。
 

 
 
 
 
5位:ハンク・アーロン
 
1954年~1976年:ライト:rWAR=143.0、fWAR=136.3
 

 OPS+が200を超えたことがなく飛び抜けた成績を残したシーズンが割と少ない選手ですが、19シーズンにもわたって超ハイレベルな打撃成績を残し、様々な通算打撃記録が上位にランクインしています。
 GG賞を3回受賞するなどライト守備も優秀。走塁でも盗塁数が少ない時代にプレーしていなければ複数シーズンで30盗塁以上を記録していたでしょう。
 ちなみに、1957年には45位のエディー・マシューズ、57位のウォーレン・スパーンとともにブレーブスをWS優勝に導き、アーロンはWS・MVPに輝いています。
 

 

 
4位:バリー・ボンズ
 
1986年~2007:レフト:rWAR=162.8、fWAR=164.4
 

 

 単純に残した成績だけなら頭一つとびぬけた史上最高の野球選手ですが、残念ながらキャリア後半はドーピング。もし、ドーピングをしていなくてもTop10には入っていたでしょうに・・・、もったいない。
 ちなみに、あまり語られることがありませんが、体重が増加する前はGG賞を8回受賞するなどMLB歴代トップクラスのレフト守備力の持ち主であり、通算TZR(レフト)+173は断トツで歴代レフトNo.1の数字です。
 

 

 

 
3位:テッド・ウィリアムズ
 
1939年~1960年:レフト:rWAR=123.1、fWAR=130.4
 

 ベーブ・ルース、バリー・ボンズと並ぶ史上最高の打者の一人。wRC+でリーグトップになること9回、通算wRC+188はベーブ・ルースに次ぐ数字となっています。また、第2次世界大戦と朝鮮戦争に出征して全盛期の約5シーズンを棒に振っており、もしこの5シーズンにプレーしていれば、通算3500安打、675本塁打、2750四球前後を記録していたかもしれません。さらに、現役続行にもあまりこだわりがなく引退年(41歳)には113試合でOPS+190、OPS1.096という驚異的な数字を残していて、余力を大きく残して引退しなければもっと通算成績は伸びていたでしょう。
 非常に独特かつ先進的な打撃理論の持ち主であり、彼の書籍「The science of hitting」は名著。最近のフライボールレボリューションで言われていることもとっくの昔にウィリアムズが提唱しています。
 あと、自他ともに認めるほど守備は下手で鈍足。「自分の現役時代にDH制度があれば・・・。」と語っています。
 

 

 
 
2位:ウィリー・メイズ
 
1951年~1973年:センター:rWAR=156.4、fWAR=149.9
 

 史上最高のオールラウンダー。OPSリーグトップ6回、GG賞12回、盗塁を4回と走攻守にスキがなく、13年連続で150試合以上に出場するなど耐久力も申し分なし。通算TZR(センター)+176はアンドリュー・ジョーンズに次ぐ数字。通算盗塁数は338個ですが、全盛期を盗塁が少なかった時代に迎えており、環境が違えばさらに数字が伸びていたでしょう。
 また、1952年~1953年に朝鮮戦争の兵役によって266試合に欠場していますが、戦争前はシーズンWAR4.0レベルの選手で、戦争からの帰還後(1954年)はMLB一の成績を残しており、もし戦争がなければこの266試合にどれほどの成績を残せていたかは判断の難しいところ。もし、1954年レベルの成績を残せていれば、ルースを超えて史上最高の野球選手と言えたかもしれません。
 

 
 
1位:ベーブ・ルース
 
1914年~1935年:ライト/先発:rWAR=182.5、fWAR=180.8
 

 言わずと知れた野球の象徴。
 

 

 やっと1位まで終わりました。正直なところ、成績だけならメイズが1位でもよかったんですが、野球の象徴たるルースを1位から落とす勇気は私にはありませんでした。

最後に1位~100位までまとめた記事をアップしようと思います。