唯一無二のピッチャーであったNolan Ryanに関して突拍子もない記録やエピソードが数多く存在していますが、その中で近年有名になった記録があります。
それは235球登板です。
235という数字がニワカ心を擽ったようで、かなりの知名度を獲得。
大手メディアからも何度も擦られています。
(加えて、一部では278球との誤った情報も流れていた。MLB公式も同フェイクニュースを流したメディアの1つ。)
しかし、235球はRyanの自己ベストですらありませんし、私はそれ以上の記録を2つ把握しています。
そのため、今回は同記録を取り上げたいと思います。
本題に入る前に、まずは235球ゲームの概説をしておきましょう。
235球:1974年6月14日
| IP | H | R | ER | BB | SO | HR | BF |
| 13.0 | 8 | 3 | 3 | 10 | 19 | 1 | 58 |
キャリア最多の333.2 IPを投げた1974年シーズンのホームゲームのBOS戦。
13.0 IP・58 BF・19 K・10 BBの全てがキャリアハイの数字で、特に58 BFは1968年以降の最多記録となります。
ただ、15回まで行われたこの試合でRyanは13回を投げ切り降板。
BOS先発のLuis Tiantは更に投げ続けたものの、15回裏1アウトでWalk-Offを喰らい敗戦投手となりました。
235球と聞くと球数が嵩んでいるように思えますが、Pit/BFは235/58=4.05。
これはRyanにとって至って標準的な数字で、32.7 K%・17.2 BB%もシーズン成績と大差なく、単に長いイニングを投げただけのパフォーマンス。
ちなみに、235球は試合翌日に報じられた値ですが、当時CALのコーチを務めていたWhitey Herzogは1986年に229球とコメントしており、少し情報が錯綜しています。
続いて、235球を上回った2試合について。
242球:1973年5月2日
| IP | H | R | ER | BB | SO | HR | BF |
| 12 | 10 | 3 | 3 | 8 | 7 | 1 | 54 |
シーズン最多記録となる383 Kを残した1973年シーズン序盤のアウェイでのDET戦。
待球型バッターを数多く揃えるDET打線相手にかなり苦労したようで、7 Kのうち3 Kは9番打者の雑魚から稼いだSO。
たった3 Rに収まったのは奇跡と言ってもいいでしょう。
ただ、4.48 Pit/BFはそこまでハネた数字ではありません。
ちなみに、今年のWS Game 2でTrey Yesavageが4.0 IP・18 BFを投げ切るのに80球(4.44 Pit/BF)を擁しました。
つまり、この242球ゲームはYesavageのピッチング3回分という訳ですね。
282球:1973年9月27日
| IP | H | R | ER | BB | SO | HR | BF |
| 11.0 | 10 | 4 | 3 | 7 | 16 | 0 | 49 |
この試合はRyanのキャリア、そしてMLBの歴史の中でも非常に重要な1戦でした。
それは、Ryanがプレーボールまでに367 Kを積み上げ、Sandy Koufaxが持つシーズン奪三振記録382まであと15個に迫っていたため。
よって、球数や投球内容関係なくロングイニングを投げることが必然的な試合だった訳ですが、1回表に3失点を喫するなど立ち上がりこそ悪かったものの、7回終了時点で14 K。
しかし、残り2回で1 Kしか奪えずタイ記録どまりかと思いきや、4-4の同点のまま延長戦途中し、11回表2アウトで最後のバッターから三振を奪い、劇的な形で新記録達成。
(シーズン159試合目だったので、記録更新がダメなら残り3戦でRP登板すればよかっただけですが…。)
総投球数282は同年5月2日を40球も上回る数字であり、Pit/BFは5.76にも上ります。
ただ、この282球という記録で問題なのは、1983年のLos Angeles TimesによるRyan本人へのインタビューがソースである点。
10年前の投球数を正確に覚えている可能性は高くないでしょうし、242球ゲームと混同していたのではないかと勘繰ってしまいます。
そもそも、制球難のRyanが記録達成のために無理くり奪三振を狙うようなピッチングを行ったとしても、5.76 Pit/BFなどあり得る数字なのでしょうか?
という訳で、5.76 Pit/BFに匹敵する近年の登板を探してみました。
| Name | Date | IP | BF | Pit | Pit/BF |
| Hunter Greene | 2025-09-13 | 2.1 | 14 | 84 | 6.00 |
| Jack Flaherty | 2025-9-10 | 5.0 | 17 | 99 | 5.82 |
| Luis Severino | 2023-9-2 | 4.0 | 18 | 104 | 5.78 |
| Tyler Mahle | 2021-4-9 | 4.0 | 16 | 92 | 5.75 |
| Ponce de Leon | 2019-7-22 | 3.0 | 15 | 86 | 5.73 |
80~100球程度の登板であれば、発生頻度は1~2年に1度。もちろん、より短いSP登板やロングRPも含めれば数多く見受けられる水準。
11 IP・49 BFで282球というのは、全くあり得ないような話ではなさそう。
信じるか信じないかはあなた次第です。
Nolan Ryanの他の球数記録
ほぼ間違いなくRyanは20世紀以降のMLBにおいて最も球数を投げたピッチャーです。
実際にTom TangoのPitch Count Estimatorで計算すると、Ryan(約9万球)はWalter Johnson(約8.7万球)やPhil Niekro(約8.5万球)を上回りトップとなります。
また、1974年にCALのコーチを務めたWhitey Herzogによると、同シーズンにRyanは1 GS当たり平均157球を投げたとのこと。
シーズン41 GSを記録していますから(1.2 IPのRP登板も含めると)、1シーズンだけで約6500球投げた計算となります。
しかし、 Pitch Count Estimatorでの計算値は5684球。
もしHerzogが正しければ、Pitch Count Estimatorは非常に極端かつ特殊なピッチャーであるRyanの球数を過小評価していると考えられ、通算の球数も10万の大台に到達していたかもしれません。
ちなみに、改良版のPitch Count EstimatorでもRyanの結果は大きく変わらず。
Herzogと別にRyan本人は「平均180球投げていた。」とコメントしていますが、時期や期間は不明。
他にCALの投手コーチであったTom Morganが1972年シーズンにRyanの球数をカウントしたところ7400~7500球だったとの話も。
また、301 Kを記録した1989年シーズンの球数記録も興味深い代物。
それについては過去記事の「1シーズンに6回ノーヒットノーラン未遂を起こしたノーラン・ライアン(1989年・42歳)」で触れているのでどうぞ。
その他ピッチャーの記録
球数がまともにカウントされるようになったのは1988年以降のことですが、それ以前も一部の試合(主に1950年代前後のLAD)でカウントされています。
そして、下表がBaseball Reference(RetroSheet)に記録されている中での上位トップ10。
| Rk | Player | Pit ▼ |
Date | Team | IP | H | R | ER | HR | BB | SO | BF |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Joe Hatten | 211 | 1948-09-11 | BRO | 12.2 | 6 | 2 | 1 | 0 | 8 | 5 | 53 |
| 2 | Stan Williams | 207 | 1961-05-17 | LAD | 11.0 | 4 | 1 | 1 | 0 | 12 | 11 | 49 |
| 3 | Sandy Koufax | 205 | 1961-09-20 | LAD | 13.0 | 7 | 2 | 2 | 1 | 3 | 15 | 50 |
| 4 | Herm Wehmeier | 203 | 1957-05-02 | STL | 12.0 | 9 | 2 | 2 | 0 | 4 | 12 | 49 |
| 5 | Sandy Koufax | 193 | 1960-05-28 | LAD | 13.0 | 3 | 4 | 3 | 1 | 9 | 15 | 49 |
| 6 | Robin Roberts | 190 | 1957-04-16 | PHI | 12.0 | 12 | 7 | 7 | 3 | 4 | 8 | 51 |
| 7 | Jay Hook | 188 | 1960-05-18 | CIN | 11.0 | 10 | 4 | 4 | 0 | 2 | 10 | 43 |
| 8 | Larry Jansen | 187 | 1949-05-31 | NYG | 13.0 | 12 | 6 | 6 | 2 | 3 | 5 | 53 |
| 9 | Larry Jansen | 184 | 1948-09-11 | NYG | 13.0 | 7 | 1 | 1 | 0 | 4 | 6 | 49 |
| 10 | Warren Spahn | 184 | 1951-04-23 | BSN | 15.2 | 10 | 2 | 1 | 1 | 2 | 8 | 56 |
全てが1950年代前後のLAD戦の記録ですから、球界全体で見れば200球ゲームは物珍しいものではなかったでしょうね。
私は自らロクにソースも確保しないまま知ったかぶりするような人間ではないため、Ryanの球数記録について記事投稿前にソースを再確認しています。
最上段に貼り付けたMLB.comの記事では「The (Los Angels) Times’ recap also did not list Ryan’s pitch count, but the legend told the newspaper in 2004 that he heard the number from his pitching coach, Tom Morgan, who kept track on a handheld clicker.」と書かれていて、まるで思い出話が根拠のような書きぶりですけど、私のような素人でも235球と記載された試合直後の記事を何本も確保できました。
ファンもファンなら、ライターもライターですよね。
そもそも、新聞記事のクリップを整理していたところ、ソース記事を久々に目にしたため記事のネタにしようと思ったんですけど…。