オスカー・チャールストン:ニグロリーグ・レジェンド選手紹介(MLBレジェンド選手紹介番外編)


MLBレジェンド選手紹介


1年以上前に「MLBレジェンド選手紹介」と題して何人か名選手の経歴を書き連ねたわけですが、思いのほか下調べなどが面倒で、たった3人を取り上げただけでほったらかしに。4人目として取り上げるはずだったエディ・マシューズの下書きは2018年8月から更新していません。

ただ、(上記のツイートのように)日本でも某野球作家のニグロリーグ本の影響などによりニグロリーグ後期の名選手(サチェル・ペイジ、ジョシュ・ギブソン、クール・パパ・ベルなど)は有名であるものの、ニグロリーグ前期の名選手の知名度や情報量が少ないことに最近になって気付始めました。

ということで「MLBレジェンド選手紹介」の番外編としてニグロリーグ前期の名選手を何人か取り上げていきたいというわけですね。そして記事タイトルの通り、その初回がニグロリーグ前期No.1プレーヤーの”オスカー・チャールストン”となります。

ちなみに、私は某野球作家のニグロリーグ本をもちろん所有&完読していますが、彼の本はあまりにも黒人選手を持ち上げたいばかりに相対的に白人選手のネガティブなことばかりを無理に書き連ね、最終的に(著者の勝手な想像も交えて)白人選手を偏見的な内容で扱い差別するというパラドックスに陥っているので大嫌い。今回の企画でも彼の本を参照する気はありません。(あのリサーチ力にはただただ感服しますけどね。)



オスカー・チャールストン

本名:オスカー・マッキンリー・チャールストン
183㎝・90㎏/1896年10月14日生/インディアナ州インディアナポリス
右投右打/
1916年~1941年/センター
Baseball Reference
Seamheads.com

概要

ニグロリーグ前期に活躍したニグロリーグ史上最高の外野手であり、ジョシュ・ギブソンやサチェル・ペイジらを抑えニグロリーグ史上最高の選手に推す有識者も多数。

現役時代の彼のプレーを見た多くの人物が「史上最高の野球選手」と称するだけでなく、残っている数字上だけでも当時トップの成績を残していて、実際に当時のニグロリーグNo.1プレーヤーであった可能性は大。


経歴

デビュー前

インディアナポリスの大工の父親のもとで11人兄弟の7番目として生まれましたが、父方の祖父はフランスから移住してきた黒人であり白人の血が混じっている可能性があることが最近の調査で分かってきています。また、父方の祖母もネイティブインディアンである可能性があり、オスカーは純血のアフリカ系黒人では無かったと考えられるのが面白いところ。

時代が時代なだけに父親の収入は少なく(無職状態になった時期もあり)家庭は貧乏。母親は警察官を斧で脅して(襲おうとした?)裁判所に召喚されたり、他の兄弟は度々警察沙汰を起こすなどオスカーが悪い環境の下で育ったことは確か。

中学卒業後は高校に進学せず地元のニグロリーグ球団インディアナポリス・ABCsのバットボーイ職などで小金を稼ぎましたが1912年に15歳で家出。年齢を3歳詐称することで陸軍に入隊するとフィリピンのマニラに3年間派遣されることに。

そのマニラのプロ野球リーグ(軍のリーグ?)で初めて本格的に野球をプレーすると二刀流として非凡な才能を発揮。後に同じくニグロリーグのレジェンド選手となるバレット・ジョー・ローガン(∗1)とチームメイトとしてプレーしましたが、オスカーがフィリピンのNo.1選手と称されていたようです。また、軍隊時代には220フィート走(200m走)で23秒を記録したという話も。1912年ストックホルム・オリンピックの200m走優勝タイムが21.7秒、予選通過タイムが22.3~25.0秒だったわけですから、オスカーの計測記録がもし正しければ一流の短距離走者クラスの脚力を10代の時点で持ち合わせていたということになりますね。もし正しければ・・・。

ニグロリーグ入り後

キャリア前半

フィリピンでの3年間の生活を経て無事に除隊となると、かつてバットボーイを務めたインディアナポリス・ABCs(ウエスタン・インデペンデント・クラブス・リーグ所属)に入団。チームメイトと共に審判へ暴行を加え逮捕されるなど問題も起こしましたが、マニラ時代と同様に二刀流としてプレー。後にリーグ最高の左打者となるチャールストンですが、この時点では10代と若くバッティングはまだ未成熟。そのバッティングよりもセンター守備と俊足を評価される選手でした。

20代に入るとメキメキと打撃力を伸ばし1920年のニグロ・ナショナル・リーグ移籍前までには全盛期のクリストバル・トリエンテ(∗2)と並ぶリーグ最高のバッターへと成長。

1920年には新たに設立されたニグロリーグ史上初の本格的かつ大規模なプロリーグとなるニグロ・ナショナル・リーグに移籍。その後はリーグ設立&消滅のサイクルが非常に早いニグロリーグ界の中で他の名選手と同様に様々なリーグとチームを転々としますが、Seamheads.comのデータによると1920年代において1921年、24年、25年、28年の4シーズンで所属リーグNo.1の打撃成績を残しており、1929年以外の9シーズンでOPS+リーグ5位内を記録。加えて盗塁数も毎年リーグ上位の数字を記録するなど、1920年代ニグロリーグ最高のオールラウンダーであったことは確か。恐らくMLBを含めても1920年代野手の中でベーブ・ルース、ロジャース・ホーンスビーと共に三本指に入る選手だったはず。

とりわけチャールストンのベストシーズンと呼ばれる1921年には打率、本塁打、二塁打、三塁打、盗塁の全てでリーグトップとなり、セントルイス・カージナルス(1921年は87勝66敗)との交流戦では計5試合で5本塁打、打率.458を記録したとのこと。

また、この頃はニグロリーグだけでなく毎年のようにキューバリーグでもプレーしていました。

キャリア後半

1930年にニグロリーグ史上最強チームの1つとも呼ばれるホームステッド・グレイズに入団しジョシュ・ギブソン、スモーキー・ジョー・ウィリアムズ(∗3)、ジャド・ウィルソン(∗4)らなど名選手チームメイトに。

この年から加齢と体重増加によりファーストへコンバート。脚力低下に伴い盗塁数も減少し、打撃成績もトップ3クラスからトップ10クラスまで下落。かつてはニグロリーグの最高給取りのスーパースターだったチャールストンはその座をサチェル・ペイジやジョシュ・ギブソンに譲り、段々と若手スターの指南役・監督業へと立場をシフトさせていきます。

1932年からはホームステッド・グレイズの主力メンバーにサチェル・ペイジやクール・パパ・ベルも加えた伝説の球団ピッツバーグ・クロフォーズにおいて5シーズンにわたって選手兼任監督を務め、ニグロリーグのオールスターゲームにも毎年のように選出されるなど存在感を発揮。

1941年の太平洋戦争勃発直前まで現役生活を続け、かつての集計(20年ぐらい前)ではニグロリーグ通算打率が.376、キューバリーグでは.361、対白人チーム戦が.326とされていました。ただ、Seamheads.comではニグロリーグ通算打率が.351、対白人チーム戦が.355。Baseball Referenceではニグロリーグ通算打率は.354となっていますね。

引退後

現役引退後は最後に選手として所属していたフィラデルフィア・スターズの監督を1950年まで歴任。1945年には黒人選手のMLB入りを目論むブランチ・リッキー(∗5)の要請によりブルックリン・ブラウン・ドジャースにて監督を1シーズンだけ務め、ロイ・キャンパネラとの契約をリッチーに薦めたと言われています。

1954年に監督業に復帰しますが心臓発作により57歳の若さで死去。

殿堂入りは1976年。

(∗1)バレット・ジョー・ローガン
ニグロリーグ史上最高の二刀流プレーヤー。私の歴代選手ランキングでは88位にランクインさせています。

(∗2)クリストバル・トリエンテ
キューバ史上最高の選手とも呼ばれるレジェンド。私の歴代選手ランキングでは93位。

(∗3)スモーキー・ジョー・ウィリアムズ
ニグロリーグ前期のNo.1ピッチャー。1930年の時点で44歳でしたがリーグトップクラスの成績を残すなどグレイズのエースとして君臨。私の歴代選手ランキングでは67位。

(∗4)ジャド・ウィルソン
チャールストンと同時期にプレーしたニグロリーグ史上最高の三塁手とも呼ばれる名選手。

(∗1)~(∗3)の3人は今企画でも今後取り上げることになるでしょう。

(∗5)ブランチ・リッチー
ドジャースのゼネラルマネージャーとしてジャッキー・ジョンソンをMLBデビューさせるなど、様々な斬新なアイデアにより野球の歴史を塗り替えたアメリカスポーツ史上最も偉大なフロントオフィスマン。映画「42 〜世界を変えた男〜」でハリソン・フォードが演じていたアイツ。


プレースタイル

がっちりとしたパワー型の体型からは信じられないような俊敏性を見せた身体能力の塊。

チャールストンのプレーを見た誰もが認めるほどの超一流のヒッティング、パワー、走塁、センター守備を兼ね備えたまさしく20世紀前半のウィリー・メイズですが、肩の強さだけに関しては強肩との意見が多数を占めるもののイマイチだったという意見も。

走塁判断や守備判断など身体能力だけでなく野球IQの高さも伝えられており、長年監督を務めたことから馬鹿な選手でなかったのは確か。


人物

KKKなどの人種差別主義者と真っ向から対峙するなど度胸と攻撃性を兼ね備えた人物。

かつては攻撃的な性格ばかりを取り上げられて性格に何のある人物と称されることも多かったわけですが、キャリア後半は選手兼任監督を務めたことで丸くなりリーダーシップも発揮していたとのこと。

当時の選手では非常に珍しいことにタバコも酒もやらず、引退後も他の黒人スター選手のように身を亡ぼすことはありませんでした。


評価

「歴代野球選手ランキング」:27

走攻守に優れたセンターとしてベーブ・ルースなどよりはタイ・カッブやトリス・スピーカーと比較されることの多い選手。彼のプレーを見た多くの人物がチャールストンがカッブやスピーカー(、時にはルース)よりも優れた選手だったと証言しており、例えば20世紀前半のMLB最大の名監督ジョン・マグローはチャールストンを史上最高の選手と称しています。(実はマグローの話に明確なソースはありませんが。)

ニグロリーグにも詳しいビル・ジェームズの歴代選手ランキングではルース、ホーナス・ワグナー、ウィリー・メイズに次ぐ第4位、ESPNのデビッド・シェーンフィールドによるニグロリーグ歴代選手ランキングではサチェル・ペイジに次ぐ第2位にランクイン。

個人的には1930年以降のファースト転向を大きなマイナスポイントと考えていて、同時代のトリス・スピーカーやジョー・ディマジオよりは上にしましたが黒人選手のサチェル・ペイジやジョシュ・ギブソンよりは下にランクインさせています。


記録

(もちろんニグロリーグの試合記録は一部しか残っていませんが)Seamheads.comの歴代WARランキングでは78.2でダントツの第1位。

Register Batting
Year Age Tm Lg G AB H 2B 3B HR SB BB BA OBP SLG OPS
1915 18 2 Teams 2 Lgs 76 289 70 10 6 2 16 19 .242 .288 .339 .627
1916 19 2 Teams INDP 32 118 38 1 3 0 7 14        
1917 20 Indianapolis INDP 48 178 52 6 4 1 3 14 .292 .344 .388 .731
1918 21 Indianapolis INDP 38 147 56 7 7 3 11 13 .381 .431 .585 1.016
1919 22 2 Teams INDP 45 176 70 9 6 8 14 19        
1920 23 2 Teams NNL   180 51 5 4 4 12 13 .283 .332 .422 .754
1921 24 St. Louis NNL   169 75 9 8 6 22 8 .444 .469 .698 1.167
1922 25 Indianapolis NNL   215 85 14 9 11 15 2 .395 .401 .698 1.099
1923 26 Indianapolis NNL   308 112 25 6 11 26 48 .364 .449 .591 1.040
1924 27 Harrisburg ECOL   192 73 16 3 13 13 20 .380 .439 .698 1.137
1925 28 Harrisburg ECOL   235 106 22 3 20 17 53 .451 .552 .826 1.378
1926 29 2 Teams ECOL   222 67 18 1 13 23 44 .302 .417 .568 .985
1927 30 Harrisburg ECOL   126 45 9 4 8 1 1 .357 .362 .683 1.045
1928 31 Hilldale ECOL   217 74 7 5 10 12 30 .341 .421 .558 .979
1929 32 2 Teams ANL   213 69 9 4 4 5 26 .324 .397 .460 .858
1930 33 Homestead INDP   113 33 8 4 4 3 17 .292 .385 .540 .924
1931 34 2 Teams 2 Lgs   130 45 5 3 2 1 0        
1932 35 Pittsburgh INDP   184 58 12 3 4 13 25 .315 .397 .478 .875
1933 36 Pittsburgh NNL   158 47 7 2 5 3 4 .297 .315 .462 .777
1934 37 Pittsburgh NNL   165 55 6 3 5 2 10 .333 .371 .497 .868
1935 38 Pittsburgh NNL   132 39 7 1 5 7 16 .295 .372 .477 .849
1936 39 Pittsburgh NNL   46 14 4 0 2 0 8 .304 .407 .522 .929
1937 40 Pittsburgh NNL   34 4 1 0 0 0 0 .118 .118 .147 .265
1939 42 Toledo NAL   30 9 2 0 0 0 3 .300 .364 .367 .730
1940 43 Toledo/Indianapolis NAL   4 3 0 0 0 0 1 .750 .800 .750 1.550
1941 44 Philadelphia NNL   0 0 0 0 0 0 1   1.000    
Year Age Tm Lg G AB H 2B 3B HR SB BB BA OBP SLG OPS
All All All   239 4726 1582 256 101 164 267 492        


参考文献・サイト

・「Baseball: The Biographical Encyclopedia」Matthew Silverman著

・「The New Bill James Historical Baseball Abstract」Bill James著

・「Oscar Charleston: The Life and Legend of Baseball’s Greatest Forgotten Player」Jeremy Beer著

・https://sabr.org/research/hothead-how-oscar-charleston-myth-began

・https://www.indystar.com/story/news/history/retroindy/2014/10/14/oscar-charleston/17252007/

・https://baseballhall.org/hall-of-famers/charleston-oscar

コメント

  1. 天才 より:

    つまらない記事
    期待して損した

  2. 天才 より:

    ちゃんとやれよ

  3. 天才 より:

    いちいち反応するな
    0.1秒も黙ってられないのか