ノーラン・ライアンの球速の変遷 1974年~1993年

メジャーリーグ(アメリカ球界)とプロ野球(日本球界)の歴代球速ランキングを作成。総勢150名上の球速記録を掲載しています。

いろんな意味で史上最高の剛腕・鉄腕、日本でも稀代の速球派投手として有名な偉大なるノーラン・ライアンの球速データをまとめました!
 
1973年以前にMLBではスピードガンが用いられていなかったので、1974年以降のみの記録となります。
 
ソースは様々な新聞記事、雑誌記事、野球関係者の明確な証言、当時のテレビ放送の実況&解説のコメントなどです。信憑性の低いもの、デタラメなどはバッサリと切り落としました。あとは計測された年が不明なものも排除
 
それ以前に70年代~80年代のスピードガンの測定自体が信用できるものじゃないんですが・・・
最速とは書いていますが、あくまでも私が手に入れた情報の中での最速の数字なので、それ以上に速い計測結果はあったはずです。

 
注意1
1974年の記録は当時最新のレーダーガン(軍事メーカーが製作)を用いて計測したベース上での終速の値です。これを初速に換算すると108.1マイル(174キロ)にもなるとされており、アメリカでも話題になったことがありますが、終速が100.9マイルなわけないですよね。この時に用いたレーダーガンの計測は、全くもってデタラメなものだったと言わざるおえませんが、有名な記録なので一応表に残しました。
 
私は、ライアンの全盛期1972~1974年の最高球速は100~101マイル程度だったと推測しています。
 
 
 
注意2
1989年4月30日のTEXvsBOSの試合で実況が、「過去二年間+1986年に99~100マイルを計測した」とコメントしていたのですが、なんか曖昧に話していたので参考記録としました。
 
ライアンの最速は102マイルというあるスカウトの話もありましたが、何年のことか言っておらず信憑性もイマイチなので参考記録に。
 
ライアン本人はアストロズ時代に本拠地のアストロドームで1度だけ100マイルを記録したと言っていましたが、何年か分からないのでこれも参考記録に。
 
1978年のオールスター・ゲームで103マイルを計測したという話もありますが、これは嘘だそうです。
 
 
注意3
1980~1988年の平均球速は「ノーラン・ライアンのピッチャーズ・バイブル」に載っていたアストロドームでの計測結果ですが、正直載っている球数とかデータの一部が明らかにおかしくて信憑性は薄いです。まあ半分眉唾物だと思っていいかも。
 
 
注意4
1995年の記録は引退後のオールスターゲームの始球式での記録です。ちなみに、ただのシャツ&スーツ姿で軽めに投げていました。
 
 
注意5
1982年は94マイルを計測したという情報しか手に入らず、1年だけ明らかに数字がおかしいのはご了承ください。
 
 
注意6
1978年の96マイルという記録は、車の速度ために用いられる法的に公式なレーダーガンで測定されたもの。
 
 
注意7
1985年6月のAP通信がアストロドームのレーダーガンのオペレーターであるジーン・コールマンにインタビューを行ったところ、コールマンは「ライアンの平均球速は95.12マイル。」、「MLBの平均は87.4マイルでライアンのチェンジアップよりも遅い。」、「アストロドームにおけるライアンの最速は99マイル。100マイルを計測したことは無い。」と発言しています。
 
ただ、ノーラン・ライアンの自伝の中では「アストロドームで1度だけ100マイルを計測した」ように記されていますが、自伝の内容かコールマンの発言が単に間違えているのか1985年6月以降に100マイルを計測したのかは不明。
 
 
注意7
1977年の春季キャンプで100マイルを計測したとの記事を発見しましたが、詳細は不明なので表には含めていません。
 

新たな情報が入り次第更新していきたいと思います。
 


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