【小ネタ】MLBコミッショナーとオーナー陣について

私は基本的にバド・セリグとロブ・マンフレッドのことが嫌いなのですが、今回の記事では「小ネタ」として1980年代後半からのMLBコミッショナーの変遷、オーナー陣との関係性や共謀・癒着について推測も交えながら”都合”よく解釈してまとめてみました。


1984年、組織委員長としてロサンゼルス・オリンピックを大成功に導いたピーター・ユベロスがコミッショナーに就任。

1985年オフ、FAによる選手年俸高騰に対しMLBオーナー陣がルール違反の共謀を開始。この共謀によりFA市場は大不況となり選手会とオーナー陣の対立が悪化。

肝心のユベロスは同オフにはGM会議にて「長期契約を結ぶのは 賢明でない」とコメントするなどオーナー側の味方&FA契約(選手年俸高騰)に否定的な立場を取り、オーナー陣の不正な共謀も黙認。

1985年オフ以降もユベロスがこれといった対策を行わなかったため共謀によるFA市場の不況が続いたものの、1987年に仲裁(調停)人のトーマス・ロバーツによって共謀が不正だと認められます。

しかしながら、ユベロスはロバーツの調停やMLB選手会からの不服を実質的に無視して有効的な対策を講じず、FA制度がまともに機能しないまま1989年に任期を全うしたユベロスが退任。

代わりにナショナルリーグの会長を務めていたバートレット・ジアマッティがコミッショナーに就任することに。

1989年9月、バートレット・ジアマッティがコミッショナー就任からたった5ヶ月にもかかわらず心臓発作により死去。代わりに副コミッショナーを務めていたフェイ・ビンセントが昇格する形でコミッショナーに就任。

ここでオーナー側にとって誤算だったのは、それまで基本的にオーナーの味方であった過去のコミッショナーと異なりビンセントがより中立的な立場を取ったこと。当然ながら、一部のオーナーの中でビンセントに対する不満が高まることになります。

1989年限りで1985年からの労使協約が終了。これにより新たな労使協定を結ぶ必要が生まれたわけですが、FA市場における共謀のみならずサラリーキャップ制に導入までもを画策し始めたオーナー側に対して選手会が反発。1990年の春季キャンプのオープン戦がロックアウトにより全試合中止となり、公式戦のストライキ&中止すらありえました。

しかし、ビンセントの介入(尽力?)もあり最低年俸の大幅な引き上げ(6万8000ドル→10万ドル)が新労使協定盛り込まれるなどしてストライキを回避。

1990年の11月、それまでの不正共謀に関してオーナー陣が選手会に対し総額2億8000万ドルを支払うことで和解。

1991年にオーナー陣とビンセントは球団拡張(コロラド・ロッキーズ、フロリダ・マーリンズ)を承認。後にビンセントはインタビューで、この球団拡張をオーナー側が承認したのはロッキーズとマーリンズのMLB参入金(総額1億9000万ドル)&上記の和解金の捻出が目当てだったとコメントしています。

ただ、ビンセントはMLB参入金を各チームに分配する際、NL球団に1チーム当たり1200万ドルも分配したのに対し、AL球団には300万ドルしか分配せずALオーナー陣の不満を高める結果に。

1980年代不正共謀の主導者的存在だったと言われるホワイトソックスのオーナーのジェリー・ラインズドルフ、ブリュワーズのオーナーのバド・セリグらが中心となり一部オーナーによるビンセントの追い落としがスタート。

すでに反ビンセントなっていた多くのALオーナー陣に加え、ビンセントがNLの再編成を推し進めようとしたためにNLオーナー陣の間にもアンチが増加。

1992年9月にオーナー陣28人によるビンセントの不信任投票が行われ、賛成18人・反対9人・無投票1人により不信任投票は可決。同月にビンセントが辞任しコミッショナーが交代することに。

オーナー陣により一チームのオーナーであるはずのバド・セリグが”暫定的”なコミッショナーに就任。当初は”暫定(代理)”扱いだったもののセリグがコミッショナーの座を退くことはなく、オーナー陣の絶大な支持を受け続けそのまま2015年までコミッショナーを務めることに。(正式なコミッショナーとなったのは1998年。)

明確な日付は分かりませんが、代理コミッショナーになってすぐにブリュワーズのオーナーの座を娘に譲渡。まあ、実質的には譲渡後もセリグがコントロールしていたことは間違いなし。

1994年8月にはサラリーキャップ導入を巡り選手会がストライキを敢行。ポストシーズンが史上初めて中止となり、翌年の4月下旬まで長期間の戦いに。

ストライキ中、バド・セリグは当然のことながらオーナー側の立場を取っていたと言われ、現コミッショナーのロブ・マンフレッドはオーナー側の弁護士を務めていました。(マンフレッドは1998年にMLB機構に加入する前はMLBと非常に密接な法律事務所に勤めていました。)

金満球団と貧乏球団との格差が年々拡がり続けていたことにより、1996年から本格的な収益分配制度が開始。スモールマーケットに位置するセリグ家所有の貧乏球団ブリュワーズが収益分配金を受け取る対象&恩恵を受ける立場であったことは言うまでもありません。

また、1995年にブリュワーズはツインズのオーナーが所有する会社から300万ドルの融資を受けたらしい。

ストライキ後にセリグは「ブルー・リボン・パネル」なるMLBの収益に関する調査委員会を設け、ストライキ後の選手待遇向上によりほとんどの球団が赤字に陥っていると主張。とりわ2001年にはMLB全体で5億1900万ドルもの赤字を叩き出したと発表。

対照的にフォーブス、ビジネス系を専門とする著名野球記者ダグ・パパス(個人的にはレジェンド記者)、第3者の専門家・経済学者らの調査や記事によるとそこまでの赤字を出しているとは考えにくく、ブルー・リボン・パネルの調査結果が球団の赤字を過大報告して球団(オーナー)側が財政的に厳しい状況であるかのように(そして選手の待遇が過剰すぎるかのように)演出するという不正を行った可能性が大。

(そもそもブルー・リボン・パネルの調査ソースはオーナーが直接的に報告したデータだったそうなので、オーナー側が虚偽の報告を行っていたんでしょうね。)

2001年11月にはセリグがコミッショナーとして5年契約をゲット。上記のようにMLB全体は大赤字とされていたものの、5年間の平均年俸は1450万ドルと超多額。ちなみに、2001年に年俸1450万を得た選手は10人しかおらず、当時の1450万ドルを現在の紙幣価値に換算すると役2000万ドルに相当。

加えて2007年以降は年1800万ドル以上を受け取っており、NBAやNFLのコミッショナーと比べると2倍近い値。

ドーピング問題の黙認→スキャンダル発覚後の弱腰に加えWBC&世界戦略の失敗、ストライキ、アメリカ国内における急速な野球人気の低下など数々の汚点を残しながらも球団拡張・移転、電子メディアへの迅速な対応、ワイルドカードの導入、ドジャース(マッコート前オーナー)への強硬手段などの妙策を講じて世界全体のプロスポーツビジネスの拡大に乗じMLB全体(そしてオーナーたちの)の収益大幅アップに成功したバド・セリグが2015年限りでMLBコミッショナーの任期を終了。

代わりに1998年のMLB機構移籍後、労使交渉や薬物問題を主に担当してきたロブ・マンフレッドが新コミッショナーに就任。

ちなみに、バド・セリグの盟友として暗躍してきたジェリー・ラインズドルフはマンフレッドの就任に大反対の立場を取り、その点ではセリグとも対立していたとのこと。

マンフレッドの就任以降、セリグ時代には順調に右肩上がりを見せていたリーグ全体の収益が一気に鈍化。

さらに2017年~2018年のオフではFA制度がまともに機能しなくなり、MLB全体の選手総年俸も停滞するなど選手側の不満が拡大。加えて一部強豪チーム以外のタンキング行為が問題となるなど、2021年限りで失効する労使協定の次回交渉が厄介になることは目に見えている現状。



・「Rob Neyer’s Big Book of Baseball Blunders: A Complete Guide to the Worst Decisions and Stupidest Moments in Baseball History」Rob Neyer著

・「The New Bill James Historical Baseball Abstract」Bill Jmaes著

1985-1988 Collusions I, II . . . and III (A Hard Lesson Learned)

THE GREAT LAKES GANG SINK VINCENT

What Bud Selig Hath Wrought — and Not Just in Baseball

Baseball strike in 1994-95 began 25 years ago

As Selig steps down, a look back at his biggest successes, failures

It’s time to contract Bud Selig

LISTEN TO REINSDORF SING HIS SWAN SONG

How Bud Selig Almost Ruined Baseball

コメント

  1. 土屋 勇治 より:

    80年代後半の共謀があったからホーナーは日本に来る事になってしまったんですよね。若手を育成できないスタインブレナーがFA選手を閉め出す共謀に加わったのは愚の骨頂という感じで、90年の最下位になったと思います。収入や収益は今の方が上でしょうが、ツインズとブレーブスのワールドシリーズは確か20%以上視聴率があったはず、あの頃の方が日米とも乗ってたかなあと思います。

  2. 匿名 より:

    セリドは史上最高のコミッショナーと呼ぶ声もあり、賛否両論ですね。