アメリカ野球統計の歴史:ヘンリー・チャドウィックからBaseball-Referenceまで

最近では一般的な野球ファンの間にもセイバーメトリクスなどの野球統計&分析が浸透していますが、今回の記事ではアメリカにおける野球統計の歴史を取り上げてみました。

ヘンリー・チャドウィック

初の公式野球ルールブックの執筆、打率や防御率などの指標を提唱し「Father of Baseball」と呼ばれるヘンリー・チャドウィックが1859年にボックス・スコアを考案。その後スコアブックも考案しており、野球統計の礎を築きました。

さらに、チャドウィックは当時の2大野球ガイドブック&年鑑であった「Beadle’s Dime Base-Ball Player(1860~1881)」や「DeWitt’s Base-Ball Guide(1868~1885)」の編集を務め、Beadle’s Dime Base-Ball Playerは史上初めて野球選手の個人成績を載せた書籍だと考えられています。(野球の試合結果や成績が載った新聞記事や雑誌記事はすでにあったけどね。)

スポルディング・ガイドとリーチ・ガイド

今ではスポーツ用品メーカーとして有名なスポルディング社が1878年から「スポルディング・ガイド(正式名称:Spalding’s Official Base Ball Guide )」を刊行。これはナショナルリーグの公式本として認定されており、チャドウィックの2大野球ガイドブックと同じようにそのシーズンを総括するような内容のもの(年鑑)で、メジャーリーグ(ナショナルリーグやアメリカンリーグ)だけでなくマイナーリーグや独立リーグも取り上げられていました。

また、1883年から1939年にかけてはA.J Reach Companyという出版社が「リーチ・ガイド(Reach’s Official Base Ball Guide )」を刊行。こちらはアメリカンリーグの公式本であり、内容はスポルディング・ガイドとほぼ同じですがスポルディング・ガイドよりも少し包括的なものとされていたようです。しかし、出版社が1939年にスポルディング社によって買収されたためにスポルディング・ガイドに組み込まれ実質的には消滅しています。

もちろん著作権は失効しているので英語名でググればアメリカ議会図書館やスミソニアン博物館のデジタルアーカイブなどで無料で読むことが出来るので是非どうぞ。

他の年鑑だと1916年から刊行された「Who’s Who in Baseball」や1940年からスポーティングニュースが刊行した「Baseball Register」などが有名。

(以下の2枚の写真は1989年版のスポルディング・ガイドの打者成績&投手成績のページ)

A.G. Spalding & Bros. (1889) Spalding’s Official Base Ball Guide. A.G. Spalding & Bros., Chicago ; New York. [Periodical] Retrieved from the Library of Congress, https://www.loc.gov/item/spalding.00145/.

A.G. Spalding & Bros. (1889) Spalding’s Official Base Ball Guide. A.G. Spalding & Bros., Chicago ; New York. [Periodical] Retrieved from the Library of Congress, https://www.loc.gov/item/spalding.00145/.

こちらは1910年版のスポルディング・ガイド。より現代的なものとなっています。

A.G. Spalding & Bros. (1910) Spalding’s Official Base Ball Guide. A.G. Spalding & Bros., Chicago ; New York. [Periodical] Retrieved from the Library of Congress, https://www.loc.gov/item/spalding.00155/.

A.G. Spalding & Bros. (1910) Spalding’s Official Base Ball Guide. A.G. Spalding & Bros., Chicago ; New York. [Periodical] Retrieved from the Library of Congress, https://www.loc.gov/item/spalding.00155/.

エリアス・スポーツ・ビューローとSTATS

エリアス・スポーツ・ビューロー(ESB)はスポーツにおける統計を専門とする会社であり1913年に設立されたました。野球だけでなく多くのアメリカスポーツの統計を手掛けておりMLB、NFL、NBA、NHLの4大リーグ全てで公式統計社に認定されるなどアメリカのスポーツ統計をリードしてきた会社ですが、主要顧客以外に対するデータの共有に消極的であったことは非難されているようで、この消極性は後にビル・ジェームズやデビッド・スミスなどによるアマチュア野球統計活動のきっかけとなったと言われています。

かつてのMLBのフリーエージェントにおけるタイプAとかタイプBを決めていたのもこの会社ですね。

他の野球統計会社なら1981年に設立されたSTATS社も有名。STATS社の設立メンバーであるディック・クレイマーやジョン・デュワンは野球統計界では非常に有名でクレイマーはOPSの前身となる指標を考案するなどセイバーメトリクスにおいて多大な貢献を残した人物。

STATS社は1980年以降の統計会社では

アーネスト・ラニガン

史上最高の野球統計家の1人と言われるアーネスト・ラニガンが1922年に野球史上初の百科事典(Encyclopedia)である「The Baseball Cyclopedia」を発行。この書籍には歴代のチーム成績やタイトル獲得者、野球の歴史に加えて約3500人の選手の経歴(所属チームの変遷のみ)が列挙されていました。

この書籍も含めてアーネスト・ラニガンの功績は後の野球統計に大きな影響を与えています。

(以下のデジタルアーカイブで読めます)

https://archive.org/details/baseballcycloped00lani/page/162

The Official Encyclopedia of Baseball

1951年、ニューヨークデイリーニュースのハイ・ターキンとESBのSC・トンプソン(+トム・シー)によって「The Official Encyclopedia of Baseball」が出版。アーネスト・ラニガンの「The Baseball Cyclopedia」を参考しており、経歴だけでなく歴代選手の個人成績を史上初めて記載。Baseball-Referenceのはしりと言えるでしょう。

出版されるやいなや約5万部の大ヒットとなりその後も定期的に更新されながら新版が出版されました。

(次の章で示すデビッド・ネフトも17歳でこの本を手にしています。)

マクミラン野球百科事典

1965年、伝説的な野球統計家のデビッド・ネフトがInformation Concepts, Inc. という会社を設立し新たな野球百科事典の出版準備を開始。スタッフは総勢21人にも上り、彼らは過去の新聞記事、図書館、ボックススコアなどから地道に個人成績・データを収集。また、アマチュア野球研究家から19世紀のデータを2万5000ドル(現在の紙幣価値で約18万ドル)で買い取ったりスポーティングニュースに「野球狂を求む!」という広告を載せることも。さらに、1960年代にもかかわらず(まだパンチカードが使われていた時代の)コンピュータ―を用いて(さらに専用の新たなプログラムを構築し)収集したデータの整理・蓄積を行いました。

そして3年以上にもわたる大作業の末、1969年にマクミラン出版社を通してアメリカ野球統計の記念碑とも呼ばれる「マクミラン野球百科事典(The MacMillan Baseball Encyclopedia)」が出版。2338ページ、約3㎏、25ドル(今の紙幣価値で170ドル)という史上まれにみる大作だったものの初版は10万部以上の大ヒットを記録しました。

もちろん時代が時代なだけに誤植や集計ミスも多いですが、後の野球統計に与えた影響は計り知れません。

⇓ 私が所有している1988年の出版の第7版

⇓ こちらは1996年の第10版

ジョン・ホルウェイ

1929年生まれたホルウェイは1944年に若干15歳で野球研究を初め、1954年には英語圏で初めて日本野球を取りあげた「Japan Is Big League in Thrills」や1955年に「Sumo」(こちらも初めて相撲を主題とした英語出版物)を出版するなど日本スポーツをアメリカに紹介した第一人者となりました。

また、ニグロ・リーグ統計においても多大な功績を残した人物であり、マクミラン野球百科事典のニグロ・リーグ部門を担当し1975年の「Voices from the Great Black Baseball Leagues」でニグロ・リーグ選手の知名度アップに貢献。そして2001年にニグロ・リーグ統計の最高傑作とも言われる「The Complete Book of Baseball’s Negro Leagues」を出版。これまで信憑性が低く不確かなイメージや伝聞で語られてきたニグロ・リーグ選手の評価を大きく覆す1冊となっています。

他にもニグロ・リーグ統計ではディック・クラークやゲーリー・アッシュウィルも有名。とりわけゲーリー・アッシュウィルのウェブサイト「Seamheads Negro Leagues Database」はニグロ・リーグ統計におけるBaseball-Referenceみたいな存在に。ホルウェイはもう89歳なので今はアッシュウィルがニグロ・リーグ統計のエースとなってるって感じかな。

アメリカ野球学会(SABR)

1971年に「アメリカ野球学会(Society for American Baseball Research、略称SABR)」が設立。野球研究を目的としており、創立メンバーはたった16人でしたが今では7000人以上の会員を抱えています。

野球統計だけを行う団体ではありませんが、有名な野球統計家のほとんどが加入していますね。

ちなみに、結構敷居は低くて金を払えば誰でも入れます。

ビル・ジェームズとセイバーメトリクス

これまで既存の指標におけるデータを収集することがメインであった野球統計に新たな価値観を吹き込んだ史上もっとも有名な野球統計家。ビル・ジェームズが提唱したセイバーメトリクスは現代野球に最も影響を与えた事象となりました。

ビル・ジェームズとセイバーメトリクスについては他のところで山ほど言及されているので割愛しますが、ビル・ジェームズはセイバーメトリクスだけでなくマイナリーグ統計の分野でも活躍したことを知っておいてもらいたいです。

レトロシート

「レトロシート(Retrosheet)」は野球史上の全試合結果・データをコンピューター上で収集&データベースを一般に公開することを目的とした団体で1989年にデラウェア大学の生物学教授であったデビッド・スミスによって設立されました。

ピート・パーマーやダグ・パパスなどの著名な統計家を含む多くの野球ファンがスミスの考えに賛同し、今では100人以上の有志によって12万以上の試合結果を収集。

1996年にはウェブサイトとして世界にデータを公開し、Baseball-ReferenceやFangraphsなど多くの野球データサイトはこのレトロシートをソースとしています。

Baseball-Reference

レトロシートのおかげで多くの野球統計サイトが誕生しましたが、その中でも最も有名なのが「Baseball-Reference」。このサイトを利用したことがないMLBファンはこの世にいないでしょう。

同サイトは2000年にアイオワ大学で数学を学んでいたシェーン・フォアマンによって設立。当初は「Total Baseball」という有名な野球百科事典をソースとしておりページ数2万・データ容量300MBの小規模サイトでしたが、使いやすさから年々人気が高まり今では50万ページ、月刊訪問者数100万人以上の巨大サイトへと成長。フォアマンは2007年に本職であったセントジョセフ大学の数学教授を辞してBaseball-Referenceの運営に専念。フォアマンをトップとする運営会社は従業員7人を抱え野球だけでなくNFL、NBA、NHL、大学アメフト、大学バスケ、オリンピック、サッカーのデータサイトも運営しています。

その他・野球統計家や出版物など
スポーティングニュース

1886年から2012年までに刊行されていた週間野球雑誌。日本でいうところの週刊ベースボールみたいなものですかね。メジャーリーグだけでなくマイナーリーグの試合結果も載せており後の統計リサーチの大きな助けとなりました。

ハウ・ニュース・ビューロー

1910年に著名な野球統計家アービン・ハウによって設立された野球統計会社。シカゴを拠点としてエリアス・スポーツ・ビューローのライバル的扱いだった会社であり、アメリカンリーグや多くのマイナーリーグの公式統計社として活躍。調べても詳しいことが出てこないんで今もあるのかは不明。

アラン・ロス

史上初めてスポーツ統計だけで生計を立てた人物。マイナーリーグやNHLの統計家を務め、1947年からは当時ドジャースの球団社長であったブランキ・リッチーに気に入られチームの専属統計家&アナリストに。その後ドジャースは黄金期を迎えるわけですが、ロスの統計はチームの編成や戦法に大きな影響を与えました。

当時からすでに打率よりも出塁率が重要であるという考えを持っており、ISOやセーブなどの有名指標の雛形も考案しています。

ピート・パーマー

OPSを考案したことで有名。本職は軍事用レーダーのエンジニアであり、同僚の退社後勝手に会社のコンピューターを用いて野球統計を行っていた変人。20世紀のセイバーメトリクス界で最も有名な「The Hidden Game of Baseball (1984)」や野球百科事典「Total Baseball(1989~)」の共著者として名を連ねています。

johndonaldson.bravehost.com

1908~1941年にニグロリーグでプレーした名投手ジョン・ウェズリー・ドナルドソンの統計を行っている(アマチュア)研究チームのサイト。過去の新聞記事を中心に念入りなリサーチを行っており、ここまで400勝&5000奪三振分以上の登板成績を集計しています。

そのドナルドソンは2006年に初めて殿堂入りの候補に挙がるもまだ未選出。2020年のベテランズ委員会(Early Baseball )でまたドナルドソンは対象になりますが、この研究チームの苦労が報われるといいですね。