ニグロリーグ歴代選手ランキング:Top20



第10位:マーティン・ディーゴ

1905年生:188cm・88kg:右投右打:先発/内野/外野
1923年~1945年:SeamheadsBaseball Reference

キャッチャーを除く全てのポジションで活躍したニグロリーグ最高のユーティリティ・プレーヤーであり、二刀流選手として第8位にランクインしているバレット・ジョー・ローガンよりも上との意見も多いキューバ最高峰のスター。

若干17歳で投手としてニグロリーグデビューを果たすと20歳になるころには野手としても頭角を現し、最終年度まで投打の両方で活躍しましたがキャリア全体で見れば野手>投手の選手。

また、野球界での活躍によりキューバの国民的英雄となったわけですが、引退後にはカストロ政権下で母国のスポーツ大臣も務めています。

選手特徴・プレースタイル

投手としては速球とカーブをコントロール良く投げるシンプルなスタイル。唯一の変化球であるカーブもクオリティはそこまでだったようですが、高い奪三振率を含む投手成績と恵まれた体格・身体能力を考えれば相当な剛速球を投げていたことは容易に想像がつきます。

先程も述べたようにキャッチャー以外の全てのポジションを守ることができる器用な選手ですが、守備成績は内外野の両方で優秀。バッティングでは常に本塁打数・長打率でリーグ上位を争うなどパワーを披露。



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第9位:クリストバル・トリエンテ

1893年生:175cm・86kg::左投左打:センター
1912年~1932年:SeamheadsBaseball Reference

マーティン・ディーゴと並ぶ20世紀前半の最も偉大なキューバ出身選手。一般的にジョシュ・ギブソンが「黒いベーブ・ルース」と呼ばれていますが、初めにそう呼ばれたのはギブソンではなくこのトリエンテでした。

10代の頃からキューバ・リーグ、アメリカのニグロリーグでのプレーを始め、1920年前後の全盛期にはオスカー・チャールストンと並ぶニグロリーグ界最高のバッターに。当時のニグロリーガーとして非常に珍しくアメリカの主要メディアに黒人のスーパースターとして取り上げられることもあったほど。

ただ、選手寿命が基本的に長いニグロリーガーの中でも衰えが早く、ニグロリーグの主要リーグでプレーしたのは1928年(34歳)が最後なのは大きなマイナスポイント。

選手特徴・プレースタイル

打率と長打を両立した強打者であり悪球打ちでも名を馳せたバッター。

豆タンクのような体型にもかかわらず身体能力に優れ盗塁数でもリーグ上位の数字を残しただけでなく、投手として平均レベルの成績を残すほどの強肩を武器にセンター守備も優秀だったとのこと。オスカー・チャールストンと同じチームでプレーした際には、チャールストンをセンターから追いやったことすらあります。



第8位:バレット・ジョー・ローガン

1893年生:170cm・72kg::右投右打:先発/外野
1920年~1938年:SeamheadsBaseball Reference

MLB最高の二刀流がベーブ・ルースであれば、ニグロリーグ最高の二刀流選手はルースと同時代にプレーしたこのバレット・ローガン。

1910年代に陸軍に入っていたためニグロリーグ入りが遅かったものの、1年目から強豪カンザスシティ・モナークの先発投手兼外野手としてプレーすると投手としては2年目、野手としては3年目に頭角を現し、SeamheadsのWARにおいてオスカー・チャールストンに次ぐ歴代2位の数字を記録。1910年代からプレーしていれば間違いなく現在の順位よりも上位にランクインしていたことでしょう。

1926年からはモナークスの選手兼任監督に就任すると、ニグロリーグ歴代監督の中でも1・2位を争う勝率を残しています。

選手特徴・プレースタイル

170㎝・72kgもという非常に小柄な体格からサチェル・ペイジやスモーキー・ジョー・ウィリアムズと比較されるほどの剛速球を投げたことから継いだあだ名が「バレット(弾丸)」(もちろん190㎝以上のペイジやウィリアムズほどの剛速球を投げられた可能性は低いわけですが。)

また、剛速球だけでなくニグロリーグ屈指の変化球の使い手でもあり、絶対的な決め球であるドロップ・カーブに加えフォーク、パームボール、スピットボールなど多種多様な球種を投球。とりわけパームボールに関しては、ローガンが同球種の生みの親という説もあるほど。ちなみに、ノーワインドアップ投法を用いた最初の選手の一人とも言われています。

野手としては外野3ポジションの全てを守り、小柄な体格に似合わない重量級バットを用いた強打者。

かつては1889年生まれとされていましたが、その後の調査により実際は1893年生まれであったことが分かっています。



第7位:ターキー・ステアーンズ

1901年生:180cm・79kg::左投左打:センター
1920年~1940年:SeamheadsBaseball Reference

リーグ屈指の身体能力を誇った正真正銘の5ツールプレーヤー。細身の体型からは信じられないほどのパワーを秘めており、通算本塁打数はジョシュ・ギブソンやミュール・サトルズとほぼ互角。

ニグロリーグの選手としては珍しく40歳になる前に現役を引退しましたが最後までセンターを守り、打撃成績も引退するには勿体無いような数字でした。

選手特徴・プレースタイル

毎年のようにリーグ上位の打撃成績を残すほどの強打にもかかわらず、そのスピードを買われキャリアのほとんどをリードオフヒッターとしてプレー。

ヒットが必要な場面⇔長打が必要な場面で異なるサイズのバットを使い分け専用のケースに入れて持ち運ぶなど異常なまでにバットへこだわりを見せていたようですが、バットにまるで自分の子供のように話しかけたり、試合で打てなかった時には反対にバットに対してキレるなど超が付くほどの変人エピソードも有り。



第6位:スモーキー・ジョー・ウィリアムズ

1885年生:193cm・86g:右投先発
1907年~1932年:SeamheadsBaseball Reference

剛速球と制球力、タフネスさ武器にニグロリーグ創成期から25年以上に渡って安定した活躍を見せたニグロリーグ前期のNo.1ピッチャー。

白人チームに対しても好成績を残しており、1952年にピッツバーグ・クーリエ紙によって行われたニグロリーグ歴代選手投票(元選手等が投票)において20票vs19票でサチェル・ペイジを破り投手部門の1位に。

選手特徴・プレースタイル

193㎝という時代離れした長身からニグロリーグ史上最速との声もある剛速球とカーブ、チェンジアップをコントロール良く投球。現役後期に球威が衰えた際には上手いこと技巧派に転身するなど、器用さも兼ね備えた知的プレーヤーだったようです。



第5位:バック・レナード

1907年生:178cm・83kg:左投左打:ファースト
1933年~1948年:SeamheadsBaseball Reference

ニグロリーグ入りが遅かったため通算成績こそ伸びなかったものの、1930年代中盤からジョシュ・ギブソンに次ぐリーグNo.2の強打者として活躍した通称「黒いルー・ゲーリッグ」。

所属球団ホームステッド・グレイズではギブソンと共に3・4番コンビを組み、グレイズの全盛期を支えました。

選手特徴・プレースタイル

打撃成績こそスラッガーそのものですがギブソンのように驚異的なパワーにより特大弾を放つようなタイプではなく、左のスムーズなスイングから広角にラインドライブを放つ中距離打者気味の選手。

ファーストとしてニグロリーグトップクラスの好守の持ち主としても有名で、左利きでなければサードという選択肢もあったのかも。



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第4位:ジョン・ヘンリー・ポップ・ロイド

1884年生:180cm・81kg:右投左打:ショート
1906年~1932年:SeamheadsBaseball Reference

ニグロリーグ誕生前から1932年(48歳)まで現役を続けホーナス・ワグナーと比較された象徴的なショートストップ。ここまでランクインしてきた多くの選手と比べ古い時代にプレーしたため成績もより不明瞭なわけですが、恐らくニグロリーグ史上最も多くのヒットを放った選手ではないかと思います。

まだ組織化されていない時代からスター選手としてニグロリーグを支え監督・フロントオフィスとして貢献したことも忘れてはいけません。

ただ、高い打率を残していたものの長打力に欠け、一部では同じショートして強打のウィリー・ウェルズの方が上との意見も。

選手特徴・プレースタイル

高い打率を残すバッティングだけでなく守備走塁も非常に高く評価されていた選手で、ベーブ・ルースやホーナス・ワグナーなどMLBのレジェンドもその実力を称賛。

40歳を超えてもなおイースタン・カラード・リーグで好成績残すなど選手寿命の長さも👍



第3位:オスカー・チャールストン

1896年生:183cm・90kg:左投左打:センター
1916年~1941年:SeamheadsBaseball Reference

20世紀前半最高のオールラウンドプレーヤーであり、ウィリー・メイズと比較されるニグロリーグ前期最大のスーパースター。ビル・ジェームズやジョー・ポスナンスキー、ケビン・ラーキンなど数多くの有識者がこのチャールストンをニグロリーグ史上最高の選手と位置付けています位が、個人的には33歳でファーストにコンバートされたことが大きなマイナスポイントだと考えこの順位に。

経歴等については下リンクの記事に詳しく書いたつもりなので、ここでは割愛します。

”オスカー・チャールストン:ニグロリーグ・レジェンド選手紹介”



第2位:ジョシュ・ギブソン

1911年生:185cm・99kg:右投右打:キャッチャー
1930年~1946年:SeamheadsBaseball Reference

若干18歳で当時のニグロリーグ最強球団ホームステッド・グレイズの正捕手に抜擢されると、キャッチャーという特殊なポジションながらもほぼ毎年のようにリーグNo.1の打撃成績を残した史上最高の右打者。

キャッチャーという負担の大きなポジションをキャリアを通し務めましたが、1940年代に入ると脳腫瘍・精神疾患・アルコール依存症・体重増加など様々な問題に苦しめられ、1947年1月には脳卒中により35歳の若さで死去。そんなボロボロの状態の中で1946年のキャリア最終年までニグロリーグ最高の打撃力を有していた点は流石の一言。もし、これほど健康状態に問題のある選手でなければ1位にランクインしていたことでしょう。

選手特徴・プレースタイル

巨体のキャッチャーとしては異例の打率を残せるバッターでしたが(通算打率では集計者・メディアによってバラツキがあるもののニグロリーグ歴代1~3位程度の数字を記録)、何といっても最大の魅力はパワー。MLBの本拠地も含め数多くの球場で伝説的な特大ホームランを放ち、162試合出場当たりの本塁打数42本は2位のミュール・サトルズ(31本)、3位のターキー・ステアーンズ(30本)を大きく引き離すダントツの数字。

守備に関しては好守か拙守か意見が分かれるとことですが、強肩だったとの意見は多数。

また、温厚な性格にもかかわらず不運にも1930年に妻が双子の出産時に死亡、1943年には父親も若くして失うなど私生活では恵まれず、妻を失って以降(現役時代)はうつ病気味だったという話も。



第1位:サチェル・ペイジ

1906年生:190cm・81kg:右投先発
1927年~1958年:SeamheadsBaseball Reference

ニグロリーグ史上最高の野手はギブソンとチャールストンで意見が分かれるところですが、同リーグ史上最高の投手がペイジであることは議論の価値無し。ニグロリーグではリーグ平均の2倍近い三振を奪うなど支配的なパフォーマンスを見せ、残っている記録だけでも投球内容はNo.1。

「ニグロリーグ史上最高の選手は誰か?」という議論の答えはペイジ、ギブソン、チャールストンの3人に限られているわけですが、私がその中でペイジを選んだ理由は選手寿命の長さ。脳卒中により若干35歳で死去したギブソン、33歳でファーストにコンバートされたチャールストンとは対照的に42歳でMLBデビューを果たし平均以上の成績を記録。さらに、1956年から3シーズンに渡りAAAのインターナショナル・リーグで将来のMLBスターを相手にリーグ上位の成績を残した点は正しく超人的で、チャンスを与えられていれば50歳以降もMLBにおいてそこそこの成績を残せていたはず。

ちなみに、通算2000勝やノーヒッター55回など伝説的な数字はペイジの自称。虚言癖がある人物だったので、信用するのは御法度。

選手特徴・プレースタイル

キャリア前半はオーバースローから繰り出されるリーグ史上屈指の剛速球と制球力、ピッチングIQを武器としていましたが、変化球の持ち球はカーブだけで投球割合もほとんど0。実質的に速球一本の投手でした。

ただ、1938年シーズンオフ(32歳)のウインターリーグで腕を痛め球威が劣化。その後はカーブやチェンジアップの習得に加え、サイドスローやアンダースローなどをミックスしたより技巧的なピッチングを余儀なくされ、1950年代にはスライダー・スプリットボール・ナックルボールもレパートリーに追加。また、バッターとの心理戦も重要視しており、ある打者との対戦では4球を投じアウトを奪うのに9分も要したというエピソードも。

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コメント

  1. トムヨー君 より:

    最近の黒人ってなんで野球やらなくなったの?