各年代のMLB(アメリカ野球)最速投手




2ページ目は1930~1960年代




1930年代

サチェル・ペイジ

Satchel Paige:右投:1926年~1965年

言わずと知れた伝説的大投手。ニグロリーグ史上最速の投手だったかは分かりませんが、ニグロリーグ史上最高の投手であったことは確かです。

ニグロリーグ後期の選手ながらもニグロリーグ時代のプレー映像は無し。当時の黒人はほとんど貧困層ですしごくわずかの人しかフィルムカメラを持っていなかったことは重々承知しているのですが、一人ぐらい録画してた奴がいてもよくね?

他の候補選手

ヴァン・マンゴー

Van Mungo:右投:1931年~1945年

類まれなるポテンシャルを秘めダジー・ヴァンスを次ぐドジャースの新エースとして期待されていたトッププロスペクト。しかし、速球のスピードは1930年代のナショナル・リーグ最速だったものの制球難により最後まで大成することはありませんでした。

実際に当時は毎年のように「次シーズンの大ブレイク候補」に挙げられていたようですが、最近でもこういう投手よくいますよね。

ディジー・ディーン

Dizzy Dean:右投:1930年~1941年

時代離れした豪快な投球フォームから剛速球と質の高い変化球をコマンド良く投げ込み、投球術にも長けオーバースロー、スリークォーター、サイドスローを使い分けました。

怪我さえなければMLB史に残る剛腕として記憶されていたはず。

ボブ・ブラウン

Bob Brown:右投:1930年~1936年

通算rWARが0.6、fWARが1.7と成績はリプレイスメントレベル程度の投手ですがスピードは相当なものだったようで、当時の名審判Beans Reardonは「ボブ・ブラウンは私が見た中で最速の投手だ。全盛期のレフティー・グローブやボブ・フェラーですら敵わない。ただ残念なことに彼はホームベース上に投げることが出来なかった。」とコメントしています。




1940年代

ボブ・フェラー

Bob Feller:右投:1936年~1956年

数々の速球王伝説を残した「火の玉投手」。まあ計測記録とかは精度がアレなんで何の参考にもしてないですけど、この時代の球界で最速だったのは確かでしょう。

17歳でデビュー&第2次世界大戦従軍&豪快な投球フォームながらも20代後半まで剛速球をキープしたことはもっと評価されてもいいのでは?

他の候補選手

レックス・バーニー

Rex Barney:右投:1943年~1950年

通算rWARが1.7、fWARが2.3と上述のボブ・ブラウンのようなキャリアを歩んだ選手ですが、1948年には剛速球を武器にノーヒットノーランを達成。

最速の投手だったという証言も多数残っています。1944年~1945年(19歳~20歳)に第2次世界大戦に従軍しドイツで榴散弾を足と背中に受けたにも拘わらずですよ(勲章も受賞)。

ハル・ニューハウザー

Hal Newhouser:左投:1939年~1955年

レックス・バーニーとは対照的に1944年~1945年に2年連続でMVPを受賞した名投手。

長い手足を活かしたオーバースローからハードな球を投げ込み、奪三振率リーグトップには4回輝いています。

(意外とニューハウザーの剛速球ネタなかったわ)




1950年代

スティーヴ・ダルコウスキー

Steve Dalkowski:左投:1957年~1965年

ほとんど公の場で姿を見せたことがない人物ですが、2016年の「Fastball」というドキュメンタリー映画で元気そうな姿を見せていたので一安心しました。

今年で80歳になるようですね。

他の候補選手

ハーブ・スコア

Herb Score:左投:1955年~1962年

史上最も才能のある若手投手の一人でしたが故障により剛速球を披露したのはたった2年間。そのため1955年デビューながら投球映像がほとんど残っていません。

そもそも子供時代からケガや病気の多かった人物であり、早期劣化は必然だったのかも。

ボブ・ターリー

Bob Turley:右投:1951年~1963年

やっと初めてヤンキースの選手が出てきました👏👏👏

ダルコウスキーはMLBに昇格できませんでしたしスコアは2年間しか活躍していないので、ある意味ではこのターリーが1950年代の最速投手。付けられたニックネームは「バレット・ボブ」。

毎年のようにリーグトップクラスの奪三振率を残しサイ・ヤング賞も受賞しましたが、案の定制球が悪くキャリア全体で見ると並みの投手でした。

ライン・デュレン

Ryne Duren:右投:1954年~1965年

ここで初めてのリリーフ投手。そして、またもやヤンキース!

1950年代後半に剛腕リリーバーとして名をはせましたが、制球難とアルコール依存症により剛速球という長所を活かしきれなかった選手。上述のボブ・ターリーとの先発&リリーフコンビは、現代のルイス・セベリーノ&アロルディス・チャップマンみたいなものですね。

ターク・ファレル

Turk Farrell:右投:1956年~1969年

デュレンと同じくリリーフ投手であり193㎝の巨体の持ち主。

デビュー当初から剛速球で名をはせ、1959年の試合前においてCBSテレビの企画で初期のレーダーガンにより球速を計測。3球投げ91.2マイル、94.0マイル、93.5マイルを計測しています。




1960年代

他と比べてダントツの選手がおらず選出に困ったディケイド。取捨選択しきれずに他の候補選手は6人も残してしまいました。

サム・マクダウェル

Sam McDowell:左投:1961年~1975年

いろいろ迷ったんですが1960年代にALの奪三振王として君臨した剛腕マクダウェル(正式な発音はマクドーウェル?)を選びました。

好成績を残しながらも当時不人気球団だったインディアンズに所属していたため現役時代から知名度は低め。ただ、当時から同じ剛腕&奪三振王のサンディ・コーファックスとマクダウェルは比較されていたようですね。私はマクダウェルを選びましたけど。

アルコール依存症により劣化が早く殿堂入りには届かず。

他の候補選手

サンディ・コーファックス

Sandy Koufax:左投:1955年~1966年

説明不要の大投手。豪快な投球フォームと史上屈指のカーブも含めてこれこそ剛腕投手。

スピンの効いたフォーシームを高めに投げることの多かった投手で、ある意味現在のMLBのトレンドを先取りしていたと言えますね。

(コーファックスがこれほど現代でも偉大な投手、速球王として広く支持されているのは前述のマクダウェルと対照的に投球映像が多く残っていることも理由の一つですよね。たぶん。)

ボブ・ギブソン

Bob Gibson:右投:1959年~1975年

こちらもコーファックスと同じく映像が多く残っている選手。

豪快な投球フォームから繰り出される剛速球と魔球スライダーのコンビネーションはインパクト抜群。

意外と奪三振率でリーグトップになったことはないんですけどね。

ジム・マローニー

Jim Maloney:右投:1960年~1971年

当時屈指のプロスペクトとして鳴り物入りでレッズに入団。

高い期待値ほどではなかったものの剛速球を武器にエースとして活躍。1965年には99.5マイル(160.0km)を計測したと言われていますが、測定方法などの詳細が一切不明でそもそも本当の話なのかも分かりません。

Youtubeではマロニーが1965年に10回・10四球・12奪三振・187球でノーヒットノーランを達成した試合の一部の映像がアップされています。

ドン・ウィルソン

Don Wilson:右投:1966年~1974年

キャリア前半の1960年代にはほとんどフォーシーム(もちろん剛速球)しか投げていませんでしたが、1967年と1969年にはノーヒットノーラン、1968年には1試合18奪三振を記録しています。

しかし、1970年に肘の故障によって球速が低下し変化球の割合が急増。Youtubeに投球映像がりますが残念ながら球速低下後である1971年のものです。

球速低下後も活躍を続けていましたが、1975年1月に自宅のガレージ内に止めた車の中で一酸化炭素中毒で死亡。彼の背番号40はアストロズの永久欠番となりました。

(死亡理由が自殺だったか他殺だったか真相は未だに不明。)

スティーブ・バーバー

Steve Barber:左投:1960年~1974年

1960年のシーズン終了後、マイアミにてThis Week誌(のカメラマン)主催による球速コンテストが行われました。測定方法はハイスピード映画用カメラでありサンディ・コーファックス、ハーブ・スコア、ボブ・ターリー、ドン・ドライスデール、ライン・デュレンとそうそうたるメンバーが参加。このメンバーに加えてMLB経験がたった1年ながらもミッキー・マントルとビル・スコウロンに推薦を受け参加したのがこのバーバーです。

コンテスト結果
選手名 球速(マイル)
バーバー 95.55
ドライスデール 95.31
コーファックス 93.20
デュレン 91.16
スコア 91.08
ターリー 90.75

上のように強豪5人を抑えて22歳のバーバーが見事優勝を果たしたわけ。

まあ測定精度なんてガバガバだったろうから少ししか参考にはならないけどね。

ボブ・ヴィール

Bob Veale:左投:1960年~1974年

198㎝の巨体から剛速球を投げ下ろした1960年代におけるパイレーツのエース。ウォルター・ジョンソンらと同じく温厚な性格の投手で攻撃的なピッチングも苦手だったよう。もっと相手打者に恐怖を与えるようなピッチングをしていれば剛速球投手としてより知名度が上になっていたのかもしれません。

ここまで出てきた投手の中で最長身の選手で興味深い選手ですが、残念ながら投球映像は見つかりませんでした。

次ページは1970~2010年代の先発投手

コメント

  1. バエズ兄貴 より:

    コペックがいないのに大谷がいて草。